book2

□恋人ごっこ(1-3)
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1.花冠をつくって。

心の奥底に情熱を隠したあの人は薔薇。棘に触れても笑って、側で愛せば綺麗に咲いた。そうして私の隣で咲き続けることなく、どこかへ行ってしまった。

優しく微笑んでいたあの人は翠の山桜。寒い冬を越してやっと咲いた。それでも太陽の光を求めて、私の手の届かない所へ行ってしまった。

悪戯な正しさで私を泣かせたあの人は竜胆(リンドウ)。私の涙を雨のように喜んで咲いた。悲しみに涙が枯れた時、私を見捨て行ってしまった。

気品あるあの人はカーネーション。でも気まぐれ。
冷たかったあの人は紫陽花。無情で冷酷。でも愛おしかった。

慈しんだ恋人たちを、私は花に例えていた。そうして無償の愛で触れていた。甘美な言葉も憂いの涙も全て注ぎ込んだ。だってそうでないと、“花は私を愛することはない”って、諦められなくなってしまうから。

「嘘だよ。」

「本当よ、私、愛されなくても愛していたわ。」

誰にも言わない私の庭園。もうなにも咲いていない寂しい庭園。如雨露も枯れて、曇った庭園。雨もない、太陽の光すら届かない。
そんな私の心の中を見透かすように彼は話す。

「君は、恋する自分が好きなだけだ。見返りを求めず愛することができるほど、君は愛されたことなんてなかったんだから。」

「やめて。」

好きよ、愛してるわ。ずっとずっと求めていたそんな単純な言葉を囁き続けて、いったいどれくらいが経ったのだろう。
口を持たない花に、私はどれほどの愛を注いだのだろう。

「本当は愛されたかった。違う?」

「嘘ではない、でも、」

「本当は君が、君こそが花だった。誰にでもその愛しさを振りまくことができるそれを“無償の愛”と勘違いしているだけだ。」

あ、という掠れた声は消えた。だんだんと、悲鳴すら出せなくなっていく。まるで口などなかったかのように。足が地に埋まっていく。まるで根をはるように。本当はずっとそこに居たかのように。

「君は昔、僕を“雨の中で咲く朝顔のようだ”と言ったんだよ。」

「でも、気がつかなかったのかい。花に足はないんだよ。君だけが、そこからまだ動けずにいる。雨を待って、咲いては枯れて、それを繰り返している。ずっと。」

今まで私が愛した人たちが花ではないことなど、気がついていた。それでも愛したかった。それでも愛されたかった。本当に私を愛してくれる時、その人は花ではなくなるのだ。どこにも行かないと約束して、ずっと愛してくれる人を、私はきっと待っていた。そのために美しくなりたくて、花を愛でながら、私は。
本当は私が、花だった。

「花は愛に敏感だ。それだけの話さ。」

(私は、水を注いでくれる人がいなくなったら、枯れてしまうのかしら。)

「さあね。」

私の心を見透かした彼は、そう言って去っていった。待ってと言う口はない。追いかける足もない。

花を花として愛でる人と、恋はできない。
きっとそんな当たり前のこと、気が付いていたのに。
花は誰。私の側で愛を囁くのは誰。私を花ではないと言ってくれるのは、花でない私を愛してくれるのは誰。美しくなくとも愛されるというの。花になってしまったらどうしたらいいの。
このままここで枯れるなら、いっそ私を摘んでしまって、花冠をつくって。


2.イヤホンを外して。

耳に注がれるのは理想的な旋律。雑音と不協和音の混じる駄曲など聞きたくはない。気休めでもいい。私の心を安らげてくれるのなら、なんだっていい。
愛も等しく同じ。

昔あなたがくれた音はあまりに甘くて。優しくて、温かくて、心地よくて、そしてひどく私の心を苦しめるのでした。
だって想像していないじゃありませんか。同じ人だと思えないほどあなたは、あの日から、冷たくて棘のある音ばかり奏でるから。

だから私は今、ずっとイヤホンを外せないでいるんです。想像できますか?人の言葉が怖くて、無責任な旋律に触れたくなくて、ずっとずっと、自分の心を操る事ができるように、かき乱されないように、泣きたい時は泣いて笑いたい時は笑って踊りたくなったらステップを踏んで。でもそこにあなたはいないんです。その虚しさや悲しさが、あなたに理解できますか?それで本当に死んでしまいたくて、イヤホンのコードを首に巻いてしまいたい感情を、知っているのですか。

「君を愛せない。諦めろ。」

私が好きなのは1弦7フレット。でもあなたのその言葉はまるで、押さえきれなくて揺れた6弦の7フレット。暗くて深くて重い。きっとチューニングもされてない。指で適当に弾いただけの音。

忘れない、忘れられない、忘れたくない。あなたとの記憶を重ねた曲を聴くたび泣きたくなるのよ。だってもうそんな風に優しくはしてくれないでしょう?まるで恋のようなあの日々、だから私、もしかしたらこれは失恋じゃないのかもしれないとすら思ってるのよ。そもそも恋じゃなかった、恋のようなものだったのかもしれない、なんて。

「いつまでこうして音の中に閉じこもっていればいいのかしら。」

「もしかして誰かがそこから連れ出してくれるかも、なんて楽観的な事を考えてるわけじやないよね?」

「あの人も言っていたわね。楽観的とか悲観的とか、自分が楽なように捉えるだとか。」

「見方によるっていうけど、でも君には無理さ。客観視よりも被害者で、なにより嫌われることが嫌いな君には。」

「どれが楽かが大切だそうよ。どれも楽になれないなら、選ぶのは時間の無駄なんですって。それこそ時間が解決するって。」

「時間が解決する?馬鹿馬鹿しい。実に人間らしいね。忘却の生き物と言われるに相応しい生き物の言い草だ。戯言だよ。」

「曖昧にするのは逃げだって、言えなかったわ。」

「それはね、君にはそんなこと言う資格がないって、君自身が理解している証拠だよ。」

「でも泣いてしまったわ。」

「目に埃が入ったんだろ。」

「泣きたいわ。」

「泣けばいい。」

「歌いたいわ。」

「歌えばいい。」

「叫びたいわ。」

「叫べばいい。その声で訴えればいい。非道い非道い非道いって、きっと君なら、誰かしら同意してもらえるさ。」

「欲しいのは同意じゃないもの。」

「同情でもない。」

「愛という旋律。」

でも願わくば、ねえ何処かのロミオ。私のロミオ。この悲劇の戯曲を終わらせて、私のイヤホンを外して。

3.ティラミスに媚薬を。

料理は好き。栄養バランスを含めて献立を考えながら買い物をする時間も、美味しいって食べてもらう光景を想像しながら調理する時間も楽しいから。
お菓子作りも好き。繊細な作業も、なかなか上手くいかないところも、それでも綺麗にできて美味しいって褒められた時も。まるで恋みたい。
だから貴方だけに、作ってあげる。最高のティラミス。

私以外の誰にも見せないような顔でキスをして。目を細めて愛おしそうに私を撫でて。
そこに本物の愛がなくたっていいわ。お菓子も一緒。食べたらなくなるから。その虚しさにはもう慣れっこだから。

料理に大切なことは、愛情をこめること。なんて誰が言ったのかしらね。

「美味しいよ。」

その笑顔さえあればいいもの。まるで最高の女だって認められたような瞬間を美味しくいただければ、それでいい。
本当はそんなこと関係なくたって、別に、いいのよ。料理がまるでできない子が本当に愛されていたって、見ないふりをしたい。私が精一杯で手に入れた持っている全てを持っていなくたって、本当は愛されるなんて、知りたくない。

醜くても不器用でも、それは愛される事に無関係だなんて、それじゃあどの食材を使えばいいのかわからない料理と同じじゃない?

「いい嫁になれるよ。」

そんな気休めいらない。デザートにも箸休めにもなりはしない。

だからね?入れてあげるわ。貴方だけの、ティラミスに媚薬を。そうして今だけ溺れて。コーヒーの苦味もバニラの甘味も混ぜこぜにして。






恋人ごっこ


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