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□少女の話。
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しにたい。つかれた。

その二つの四文字が頭の中で赤黒い気持ちと混じり合ってとぐろを巻く。もう、涙は出てこない。苦しいはずなのに、胸が締め付けられているような感覚すらするのに、こんな時自分の涙腺は機能しない。
赤黒い何かは、自分の中で作られた。自分に利益の無いそれは、簡単に作られたはずなのに簡単に崩れてはくれない。

━━━あぁ、くそ、何で。

自然の摂理に反する。作るのは難しいのに崩すのは簡単。そんなものをいくつもいくつも見て、何度も何度も感じてきたはずなのに。苦しい思いをして、苦しい思いをした気になって、あの時は涙も出たのに。自分は変わったと、そう感じた。自分は自分を変えたと。それは自分が望んだ事であったから、同じ舞台上で自分を変えることができて嬉しかったはずなのに。

━━━苦しんだ気になるのも、人の宿命なのだろうか。そんな人間達を、神々は嘲笑うのだろうか。

苦しい思いをしているとは思いたくなかった。自分はそうやって、いつだって防衛線を張ってきた。苦しい思いなんて、自分以上にしている人がこの世にどのくらいいると思っているのか。自分は、滑稽な主人公気取りの脇役になりたくはないのだ。だからと言って主人公になれるわけでもないけれど、もう、これ以上知りたくなかったから。
自分はそうやってずっとずっと逃げ続ける。逃げても無駄だと知っていても。

「━━━━♪」

「……歌ってるの?」

「━…ごめん、やめる」

「別に、良いけど。」

「……。」

「君の歌声、好きだから。」

ふと会話が途切れて瞳を閉じた。隣でそう言った人の言葉が嘘だとは思えなかったけれど、今は青い空を見て綺麗だと感じたくなかったから。

━━━歌うまいねー。

そう言われてきた。それで満足していた。高みを目指し続けた。歌い続けた。誰のためでもなく、自分のために。

「(自分が綺麗で居続けるために、自分が醜いと気が付かないように。)」

歌い続けた。壊れるまで。そして壊れた。体も、喉も、声も、心も。苦しんだ気になった。天罰が当たったのだ。自分なんぞのためだけに人を傷付けてまで歌を歌い続けたから。
自分はいつも一人だって自分を、自分の歌を認めてくれないと不安定だった。自分を一番認めていないのは自分だと言うのに。

━━━は、━━━は、━━━、

何人もの声が重なる。言うな、言うなと心の中で叫び続けても止まないその声は、その声の主達は、自分を見ている。その目を止めろと瞳を閉じても、その声を止めろと耳を塞いでも苦しいのは自分を一番知っているのが自分だからなのだろう。

「━━━…♪」

掠れた声で音を紡ぐ。すうと吸った空気は冷たくて、喉がずきりと痛むのを感じた。まだ自分の傷は、自分の中で疼き続けている。ズキン、ズキンと、きっと死ぬまで疼き続ける。それでも自分は歌うのだろう。今度は自分のためだけでなく、誰かのために。

「ねぇ、」

「♪━━…何?」

「……疲れたねぇ、」

「そうだね、」

ビュウと風が吹く。その風は冷たくなくひどく優しく一人じゃないよと言っている気がして、自分は瞳を開けて隣を見た。そこには温度の無い、固いコンクリートが広がっていて、その向こうの白いフェンスからは広く青々とした空が見える。フェンス前の花壇の花は、ぴくりともせずにそこに咲いていた。

自分は久しく、涙に出会った。


***おわり




大切な人を失い、支えをなくした少女の話。


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