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□脳内会議とココア
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「唄を書くときって、意外と無心なんだね」
言葉を紡ぐ、彼女がそう言う。
彼女はなんだか、水に浮かんで身を任せきっているようなそんな顔をしていた。
「無心のまま考えるの。・・・矛盾?してないよ。あぁ、考えると言うよりも、感じるの方が正しいかもね。」
ふと彼女が目を閉じた。まぶたには、二重の跡がくっきりと残っていて、睫毛はそれほど長くも多くも無かった。
「考えるとなんだかむつかしい言葉が出てくるじゃない?そういうのを書き連ねるの、好きじゃないの。昔の詩人だとか、日本文学とか、あーゆうのはやっぱり共感できないし。何より悟ってる感じが━━私大人なのよ━━って言ってるようにしか聞こえなくて。皮肉かよって、思っちゃう。」
そう言って彼女は、薄く綺麗な形をした唇を弧に描き、先ほどまで閉じられていた瞳を楽しそうに細めて笑う。ただ、その笑みは少し苦しそうで、それはまるで溺れてしまいそうな人魚のようだった。
「まあそれは”詩”であって”唄”では無いからね。尊敬はするけれど、自分が書くのとは違うし、・・・書けないし、書かないもの。・・・ただ自分は、”酸素”が欲しいと足掻きながら唄うような”唄”を書くだけ。」
彼女は唄う。声を発し、酸素と快楽を求めながら言葉を紡ぎ、旋律の海にまた溺れる。そうしてその海をフルーツのように甘酸っぱくしたり、塩水のようにしょっぱくしたり、たまにぽこぽこと気泡を泳がせたりする。その姿はまるで、気まぐれな━━━
「それを繰り返して自分を見失うの。それが楽しくて仕様が無いの。それから忘れたころに見ると、やっぱり自分がそこにいるの。誰でもない、自分が。そこにいるのに、見失ってて、何て言うのかな、灯台もと暗し・・・かな。」
「君は、誰のために歌うの?」
僕は初めて、彼女に言葉を吐いた。
あははと渇いていた笑い声を一瞬にしてミュートにするように、僕は彼女にそう言った。
僕の目の前で冷めていく色濃い液体を見つめながら、冷えていく汗ばんだ手を行き場なく弄りながら、僕は彼女の言葉を待つ。彼女の答えはわかっていた。それでもあえて、僕は彼女に言った。
時計の音だけが聞こえていた。
「さあ?自分のため?世界?…わかんないや。」
「あいまいだね、」
「だって、嫌だもの。まだ、…まだ、浮いていたいのよ。その方が楽しい。」
「子供、だね」
「誰だってそうでしょうよ。大人だって。内心じゃあ快楽と刺激を求めてる。」
彼女はそう言ってふわりとコップを手に取った。そして一気に、甘ったるいであろう茶色いそれを彼女の、きっとぐちゃぐちゃに混ざっている出あろう体内に流し込んだ。
「・・・僕も?僕も快楽と刺激を求めてる?」
「もちろんだよ━━━━━同じ人間の中にいるのだから、ね、少年」
「ふ、そっか」
今度は、僕が笑う番だった。あはは、あははと、彼女が流し込んだ茶色く甘ったるい液体は、僕の中で甘く甘く僕を落ち着かせた。
「さぁ少年、私にキスをして頂戴。」
「えぇ、喜んで。」
脳内会議とココア
(やっぱ冬はココアだろ)
*脳内で自分と自分が会話をしている話。自分が自分にキスってなんかナルシストみたいだけど違うからね。