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□性なる聖夜に禁忌の果実を
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「ねぇサンタさん、お願いがあるの」
「何?」
「私を殺して」
カチリと、目の前にいる男と目が合う。その目はひどく眠そうで、それでいてまだ欲情と快楽がほのかに残っていた。そして、困っていた。
「何で?」
「”さんたさんへ、ぼくのぷれぜんとはげーむがいいです。おかあさんにはほうせきがいいです。”」
「見たんだ?息子の。」
「罪悪感でも感じた?」
そう言うと彼は妖しく笑いながら私にキスをした。ああ私も、随分簡単に口内を許すようになったなぁなんて思いながら、彼の舌が歯列を舐め舌を絡めるあのざらりとした、何とも言えない感情の波を受け止める。━━━否、やばい。大変やばい。波を受け止めきれず流されそうである。はあ、はあと互いに息が乱れ、もう唇に感じる息がどちらのものかもわからない。その時点でもう先ほど考えていたことは消えるのだ。なんだ、私はまた自分の脳細胞をこの男のために無駄に使ったのか。また。もう何度目かもわからない。この男は、私から息の仕方さえ奪うこの男は、本当にずるいと思うんだ、いつも。
「っぁ、はぁ、…は、…まだ息の仕方はわからないや…」
「…そんなの大人になってもわからないよ。」
へぇ、と息と一緒に呟いて、はははと笑いながら私はそのまましわくちゃになってむせ変えるような匂いのするベットに身を任せるように倒れこんだ。
━━━目の前にいる男、私のサンタさんではなく、彼の家でぬくぬくと幸せに暮らしているであろう彼の子供のサンタさんは、私の通う高校の先生だ。まあ言ってしまえば犯罪なのだろう、世間様から見たら。生徒(♀)と教師(♂) がホテルの一室にいるなんて、そこですることと言えば1つなのだから。
でも、でも彼は言った。
"既婚者だろうが大人だろうが、何にしろ人間でオスなんだよ"
彼は生物の先生なのだから、らしいと言えばらしいのだけれど。━━━引き金を引いたのは多分私だった。言い訳もないくせに、処女のくせに私は彼に言ったのだ。死んだような目で、彼と同じ目で。━━━━
"随分つまらなそうですね。だけれどまだ、快楽と刺激を求めているのでしょう?"
そうして彼は、きっとわざと打たれた。あぁ、なんて、なんて滑稽と思うのでしょう。なんて哀れと思うのでしょう。でも、違うとは言い切れないにしろ、彼は彼だったのです。家の都合で結ばれた欲深い女と、自分のことを何とも思っていない子供を持った、ただの社会人━━…。私はそれを、"なんてつまらない"と思うのです。だから禁忌を犯した。どろりとしたストロベリージャムのような、甘い甘い少女に打たれて、彼は生きる。そうして二人で溺れるのだ。甘く噎せ返るようなこのストロベリージャムでも、今日教室で嗅いだ顔がゆがむような香水でもない女と男の匂いのするベットで、2人で。
「殺さないよ。つまらないから。」
「ふうん。なんで?何がつまらないの?」
「君が愛しいから。」
「そんなの、いらない。」
「あ、そ。」
耳元でそう囁かれた次の瞬間、首筋に甘い痛みを感じて、私は思わず息を漏らした。彼の欲は打たれた時からまだ満ちていないらしい。首筋についているであろう紅い印に内心ため息をつきながら、私は思う。これだから欲深い大人は…あぁ、子供も同じか。なんて。何にしろ人間なんて欲を隠しながら生きてるんじゃないか。どこかのヒーローだってセックスするのよ。━━━━なんて夢のない。と言ったって夢なんてずいぶん前から見てないのも本当のこと。自分を客観的に見ては、その自分をまた自分が見ている。その繰り返しで思考がぐるぐるして埋まっていくはずだったのに。この男はそれをいとも簡単に真っ白にしてしまうのだ。首筋にかかる息がひどく甘く切なく感じて、変わりに心臓がぐるぐるして止まりそうだ。嘘。どきどきしすぎて、破裂しそう。苦しい。
「首筋につけないでよ。セーラーだから隠せないの知ってるでしょ。」
「見つかればいいよ。そうして退学でもして…」
「それで?」
「俺と結婚する。」
「…家はいいの?」
「俺は四男だし、別に嫁さんも・・・。」
彼は、何だか諦めている様にも見えた。そしてひどく無鉄砲にも。下手な鉄砲数打ちゃ当たるだなんて誰が言ったのだろう。この世では通用しないことがわからない馬鹿だったのだろうか。いやそれとも、その人も彼や、私と同じだったのだろうか。・・・わかってるからと、わかってるからこそ諦めたように夢を見たのだろうか。私は、そんな彼が大好きだけれど。
「私、まだ高2だし。知ってた?離婚したら何年かはすぐには再婚できないのよ。」
「へえ、やっぱり物知りだね。」
「…さっさと離婚してお金貯めて、何年かたって私が成人したら結婚して遠くに行こうよ。私、お姑さんにガミガミ言われたくないの。」
私も、私も。随分夢を見るようになった。そんな事、へたれで獣の彼がするはずないし、それに彼はそれほど私を愛していないだろうから。なんて、なんて報われない。きっと夢を見ているのは私だけで、私だけ子供なのだ。なんて滑稽なんだろう。泣きそうだ。今から馬鹿って叫んで目の前の男に泣きつこうかしら。それも何だか演技じみてて滑稽だ。きっと、多分。彼にとっては彼が一番可愛いんだろうなあなんて。じゃあ私は?
「いいよ。」
そう言うと思ったわ。雰囲気でそう言うだけでしょう?期待させないで。嘘。期待して喜んでる。すごく嬉しくって舞い上がりそうだ。でも、何年かたって言い訳をして私なんか忘れてるあなたも想像できるから怖い。だから素直に喜べない。
でもきっと、男なんて皆そうなのよ。
「…つあ、やぁ、……ん、ぁっ…」
ちゅぷりというぬめった水音が狭いホテルの部屋に響く。下半身に違和感を感じて、私は素直に喘いだ。いつからこんなに従順になったのかは覚えてないし、そんなのもうどうでも良い。きっと、彼の顔を見たらそんな余裕なくなるから。
「今は、今の君に溺れておくよ。」
彼が妖艶に、笑う。その獣じみた瞳に私はまた溺れるのだ。
聖なる前夜に、禁忌の果実を。
(君がどう思っても、君が好きなことに変わりはないのに。)
(曲がってても溺れてしまうのが私。)
男は本当に女を好きで、女も本当に男を好きなのに、っていう話。