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□高嶺の華は
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よくある高等学校のよくある高校一年生の教室の一番窓際一番後ろの席、それが私の席。陽の光が、よくある学校の木製の机に窓越しに差して、同時に私の髪も透かすのを肩で感じている。私の前の席に座って体をこちらに向けている友人の髪にもその光は当たっているが彼女はあまり気にしていないようで、彼女は依然と私を見ている。昼休みが始まって昼食を取り終わってから彼女はずっと、なにも言わずに私を見ているのだ。いい加減何か言って欲しいと思うが、目が合う度に微笑まれては何も言えないというものだと思う。この学校での唯一の友人と言って良いほどの仲である彼女はなかなかの美人だから、微笑んだらそれなりに絵になる。

「紗那衛、そろそろ気になるんだけども。」

「いや、紫音は今日も美しいと思って。」

「私より美しい人なんて五万といるわ。」

「紫音より?そうかな?ぱっちりした二重の瞼の中で長い睫毛に悩ましげに陰る瞳は綺麗なブラウン、それに見つめられたらもう女神すら愛せなくなってしまう。その陶芸品みたいにすべやかな肌は白く、脆く儚く、触れることを禁ずるよう。長く絹糸の様に細く柔らかいブラウンの髪は華さえ自らの匂いを辱しめる程に艶やかな匂いがして、陽はそれを照らしては輝かせるために存在するかのようだ。そしてなめまかしく赤く小さな唇はいつ弧を描くのかと人が見つめ、その真横でほくろが色気を放つ。スッと通る鼻筋はその深い彫りもバランスよく統べて美しい顔立ちを纏め、そして輪郭は柔らかくも鋭く。白い首筋はまるでそこに赤い華が咲くのを待っているように、綺麗に浮き出た鎖骨はシャツの隙から見え隠れして人を惑わすように。華奢な肩や細く長く伸びた手足はどんなに細かいものも、人の心すら操ると思われるほど繊細。胸元の双丘は小さすぎず大きすぎずそのバランスを保ち、そうして下に行けば細く簡単に砕けそうな腰、そのくびれから膨らむ美しい尻とそこから伸びる御脚をスカートが恥ずかしげに隠し、スカートからはこれまた綺麗な曲線美が…」

「紗那衛、もう良い。」

「あ、そう?」

もう良いの?と言わんばかりの顔をして、彼女は口を止めた。これだけ言っておいて彼女、銃楽紗那衛(つつらさなえ)はまだ言い足りないらしい。彼女の長々とした言葉、数々の褒め言葉の羅列は言わずもがな私に向けての言葉だ。ここまで来ると嫌味にも感じるが、その一つ一つを彼女は学校の中から拾ってきたのだろう。このよくある学校の中で、ちょっと人より整った顔立ちをしている私、日野紫音は全学年の人達に美人だ何だと騒がれる。正直顔立ちなんて生まれつきと生き方次第だと思うのだけれど、彼らは騒がずにいられないらしい。お陰で恨まれてはいないが友人と言える友人は紗那衛一人だけだ。別に困りはしないけれど。

「ほら、今日も紫音を見に来た男共がちらほら。」

「もう入学してそれなりに月日がたったのだからいい加減にして欲しいわ。」

「告白される側も大変なんだね。」

「別に告白されたなんて私一言も言ってないけれど。」

「でも昨日、何とか先輩に告白されたって?しかも先輩、告白は断られたけど唇は咬んで貰えたって喜んでるとかって聞いたけど。」

「…あの先輩口軽すぎ。」

紗那衛の言う通り、私は昨日名前すら知らない先輩に告白され、唇を咬んでくれと言われた。そう言われる理由ぐらいわかる。自覚しているし、自分が蒔いた種だ。この学校に入って最初に告白してきた人の告白を断ったら、じゃあキスをと言われてキスをした時にその人の唇を咬んだのは紛れもなく自分なのだから。これでこれからの学校生活、告白なんてものが私に付きまとうことは少なくなるだろうと思ったら所がどっこい正反対。何故だかこの学校はマゾヒストが多かったのだ。それを聞いたときは本当に呆れる以外の言葉が見つからなかった。マゾヒストが多いのを教えてくれたのは言わずもがな紗那衛である。

「にしても、咬むってどうよ」

「どうよってどうよ。」

「どんな感じ?聞いた話によると恥じらって躊躇いつつも見つめてくるその瞳となまめかしい唇が近づいてきて、って聞いたけど。」

「…知らないし知りたくない、咬まれたい奴等の気持ちなんて。ただキスするのに目を閉じたくないだけだし、男なんて嫌いと唇を咬むだけよ。見つめた瞬間のあの男共の赤らむ頬だとか揺れる瞳だとか咬んだときの身体の反応だとか、知りたくない。」

「へえ、男嫌いだったんだ?あ、じゃあ女は?」

「女?」

そう言われて、ふと反対側である教室の廊下側の席辺りで立って友人と話している女子生徒が目に入った。背が高くてボブのショートヘアが印象的な生徒だ。面白くて男女関係なく人気な彼女の、無垢な笑顔と透き通る声が前から気になっていた。廊下ですれ違うとき、班が一緒になったとき、彼女の話し声が聞こえてきたとき、いつだって私は彼女を目で追っている、その事は自分でもわかっていた。彼女の声を聞くと、笑顔を見ると、足音を聞くと、何故だか思考が波に拐われてしまって海に漂い迷うようにふわふわと何処かに行ってしまうのだ。あぁ、あの柔らかそうな唇を咬みたいだとかあの面白い程にキノコみたいな髪形を優しく撫でたいだとかあの可愛らしい声を困らせてみたいだとか思うのだ。それが恋愛感情かはわからないが、彼女の笑顔を見た時から私は確実に彼女に興味を持った。

「ああ、西院高美ちゃん?目立つよね。背、高いし。ああいうの弄られキャラって言うの?」

「でも、顔立ちはそこまでじゃないのね、可愛い。」

「は?」

「可愛い、って困らせたらどうなるかしら?恥ずかしがるかしら?」

「…さあ。でも、結構男女問わず色んな人に人気だよ。」

「ふうん。」

顔立ちはそこまでじゃない。目はぱっちりしてるし唇もふっくらしてるけど、別に騒ぐほどじゃない。でも、私は不思議なほど彼女に心惹かれるのだ。いくら顔立ちが整っていてもなかなか持てない魅力的なものが彼女にはあるのだろう。私がいくら美しいと称賛されてもそこに意味はない。万人に愛されたいわけじゃない。

「独り占めしたいな、西院サン。」

「ふふ、姫はあの娘がお好きですか。なるほど。」

「まずは私に笑ってもらおう。」

そう言って私は立ち上がる。男女問わず、に留まらずきっと彼女は先輩にも人気なのだろう。ならば尚更、君を魅了するための飴を沢山用意して、その中に毒でも仕込んで私に惚れさせないといけないよね?
そんなことを考えて微笑む私は、君が好き。



高嶺の華は
君が好き。

(こんにちは、西院サン。)
(わ、えっと、日野さん!?)
(微笑んだ紫音に見とれてる輩が多数発生。)



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