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□能天気幼馴染みは
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私の幼馴染みの紫音は何時だって大丈夫だよだとかどうにかなるよだとか言ってへらへら笑う。例えば怪我をしてしまったとき、誰かの喧嘩を見たとき、テストで悪い点を取ったとき。へにゃり、と頬を緩ませて私を見上げて笑うのだ。傷ついてないのかとか、辛くないのかとか、考えるけど聞いたことはない。だって聞いたところで何にもならないだろうし、私も彼女は嫌いじゃないけれど、そこまで深入りして"何か"あったときが怖いから。紫音とは長い付き合いだけれど、怒ったり怒鳴った所をあまり見たことがない。だからこそ、怖い。想像できないということがこんなに怖いとは思っていなかったからか、私は、そうやって考えてはやめる。紫音に深入りし過ぎることを恐れて何となく距離を置いて、でも紫音が笑う度に少しだけ胸が痛むのだ。

((…━━━━いや、一回だけ、一回だけ紫音が笑わずに怒ったことがある。私はそれを近くで見たはずだ。中学の頃、私が付き合っていた先輩に遊ばれた時。紫音は珍しく口許から笑みを消して私を優しく抱き締めた。それから、…それからなにがあったんだっけ。))

「高美、もう授業終わったよ?」
「え?あ、お昼。」

考えている間に授業が終わっていたらしい。考えていたせいで授業は全く頭に入ってこなかったけれど。

「考え事かな?ふふー今日の弁当はサンドイッチだよー」
「んー」

紫音がにこにこしながら弁当箱の包みを開いていく。その柔らかな笑みに私はどうしてか安心した。もう、どうして紫音の事を考えていたのかわからなくなってしまうほどに安心して、私は机上を片付け始めた。

((大事なことだったのにどうして…?どうして…なんで紫音の事を考えていたのかもあの時何があったのかもどうでもいいの?))

「紫音ー!!紫音!!ねえ!!彼氏と別れたって本当!?」
「んー?うんーそうだよー」

いつも近くで昼食を取っているグループのわりと紫音と仲の良いクラスメイトが紫音に質問をしてくる。その言葉にハッとした。そうだ。昨日まで私と紫音と紫音の彼氏と3人で登校していたのに今日は紫音の彼氏はいなくて、それで紫音がいつものように笑ったから。だからだ。周りから見たら完全に邪魔だと思われる私の存在を、紫音はいるのが当たり前だと彼氏に言っていた。でも私のせいで…。そう思わざるを得ない。何故ならば、今までそのせいで紫音は彼氏ができては別れているのだから。紫音から直接聞かなくても周りからは聞こえてくる。でも周りは私を責めることはない。それがいつも不思議でならないのだ。

「なんでなんで!?お似合いだったじゃん!!」
「まあフラれたということですねぇ」
「えっ向こうが告白してきたのに!?あり得ない!!」
「紫音大丈夫ー?」
「んー大丈夫だよー」

ほら、またそうやって笑う。辛いんじゃないの、苦しいんじゃないの。仲良かったじゃん。趣味も合ってお互いに冗談を言い合ったりしてたじゃん。彼氏といるときはもっと違う笑い方してたじゃん。なんで私を切り落とさないの。そうやって笑って仕方ないよって言ってバイバイってしてくれた方が楽なのに。

「いつも、そうやって笑う」

「え?」

「全部仕方ないって言って大丈夫って言って…」

仮面を被っているようで、何でだろうか、どうしてだろうか━━━━苛々するんだ。その笑みに、笑い声に、台詞に。苛々して仕方ないんだ。なんでかなんてわかんないけど、凄く見たくないし聞きたくない。

「全部じゃないよ。全部じゃない。」
「じゃあなんで彼氏と別れて仕方ないなんて言えるの!?」
「高美の悪口を言ったから。」
「…え?」

シン、と教室が静まったような気がした。違う。皆が紫音の怒気に押さえ付けられたんだ。いつもはないその冷ややかな目に、声に、表情に、そして纏う全ての空気に。…恐い。其処には何もない。いつもの笑みも穏やかな色も柔和な声も、何もない。

「あいつが、高美を邪魔だって言ったから。やめてって、そんなこと言うなら許さないって言ったら別れるって言って血相変えて逃げて行ったよ。元々興味はなかったけど、殺意は湧いた。こいつも同じかって。」

紫音が喋る度に空気がピリピリと音を立てるようだった。彼女の怒気、殺気、憎悪が電気のように空気を伝う。そりゃあ何時もニコニコしていた好きな人が般若のようになったら血相も変わるだろうなあ。だって、私だって空気に当てられて今にも崩れそうなのだから。そうして思い出した。中学の頃、私が付き合っていた先輩に遊ばれた時、あの後何があったのか。先輩が土下座しに来たんだ。紫音が私を優しく抱き締めて、そして"何処かに"行ったと思ったら先輩が来て。そしてその後もう二度とその先輩に会うことはなかった。きっとあの時も紫音がこうやって怒ったのだろう。…でも、どうして?

「なんでそこまで…」
「君が好きだからだよ、高美。」

ガタン、と音を立てて紫音は椅子から腰を浮かすと机に膝を乗っけて私の方へ乗り出した。そうしていっぱいいっぱいの愛くるしいものを見る目で私を見て、優しく私の髪を撫でた。顔が異常に近い。紫音の綺麗な顔が至近距離にある。ふわりと紫音の匂いがして、鼻腔を擽った。二つの丸い眼は私の心ごと吸い込むようで、でも逸らさせないと言わんばかりに紫音が眼を合わせてその上髪を撫でていた手で私をキープしているから逸らせない。

「ふ、」
「!?」

ふと紫音が今まで氷らせていた表情を緩ませて笑う。その細められた二重のそれに、緩められた口元に、そしてその唇から漏れて私の顔を擽った息にどうしようもなく驚いて、ときめいた。ぐぐぐと引っ張られていた心がギリギリで離されたような感覚に心臓は早鐘を打つ。

「大丈夫だよ、今すぐとって食ったりなんかしないよ。」
「━━━━っ!!」

何が大丈夫なのかわからないが、紫音はそう言うと私の髪の毛に口付けした。体温が急上昇していく。恥ずかしいという訳ではなく、凄くドキドキしているのだ。あれ、私、紫音にときめいてる?

「大丈夫だよ。」

紫音はいつもとは少し違う、見たことのない笑みを浮かべてそう言って私から離れ、席に座り直した。どうやら私は大変な幼馴染みに好かれたようです。




能天気幼馴染みは君が好き。

(ってここ教室!!)
(大丈夫だよ高美。皆知ってるよ。)
(大丈夫じゃないー!!)


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