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□キス魔先輩は
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キスをしたいだとか、愛したいだとか、舐めたいだとか、咬みたいだとか。それで変態だとか言っている奴らを見ていると、ひどくひどく苦しくなる。否定はしないけれど、そう思うなら、思うなら━━━━━━。

「(キスをして欲しい、愛して欲しい、舐めて欲しい、咬んで欲しい。)」

━━━━━欲求不満。所謂それだった。と言うか、それなのである。気づいたときには、口の中に指を入れていた。兄弟のエロ本を自分の部屋に持ってきて読んでは興奮していた。(別にそのまんまエロ本みたいにされたいとは言わない。私だって私なりにそう言うものに幻想を抱いて、愛を求める。)××をしていた。自分の身体を、触っては虚しくなった。求めるようになった。別に年中無休24時間365日と言うわけではない。ただ、夜一人で入る布団とか、何も知らない口とか、世の中の愛し合う人達を見たときとか、そう言う物語に触れたときとか。必ず、心が揺さぶられるのだ。

「(あぁ、這うような手で腰を、腹を、太股を撫でまわされたい。首筋を、鎖骨の窪みを舐められたい。唇を咬まれたい。犬みたいに涎を垂らして、欲情して、息が上気して、腰が弓なりに反って、声が上ずって、そうしたら私はきっとその人に何でもできる。)」

そう思って病まなかった。むしろ、病んでいた。だけれど、それを内緒で共有する幼馴染みだとか、友人だとか私にはいなくて。むしろバレるのが怖くて男友達は作れなかった位でさらに虚しさは増加していった。それが中学生の頃。もちろんそれが高校生になってから消えるはずもなく、だけれど周りもそういう事に興味を持つようになっていった。そうして私に初めて仲の良い男友達ができた。私は、その人の望む事を何でもとは言わずともできるだけやって、でもその人は純粋で。プラトニックな関係に私の欲情は増すばかりだった。彼に触られたいと願えば願うほど、彼は私にシャイになる。どうしてと聞けば、色気がどうのこうの。そりゃあまあ付き合っているわけではなかったけれど、そろそろ進展しても良いんじゃない。そんなことはどうでもいいのに意気地無し。でも、ガツガツ求めて嫌われるのも怖い。どうすれば良いのかわからなくて、欲情は増すばかりで。夜のベットは濡れていく。

「キス、していい?」

ファーストキス。友達になってからそれまでにかかった期間は2ヶ月。(何度も言うが、付き合ってるわけではなかった。ただ、特に仲の良い男友達と言うもの自体が初めてだったのだ。)私は、私はもういっぱいいっぱいで。触れるだけのキスの後に、軽く色目を使って。もっともっとって、彼の胸にそっと手を置いて。首を傾けて。眉を八の字にして。そうすれば思ったより簡単だった。舌を絡める感覚。背中がゾクッとして、ドキドキして、息が上気して、顔が熱くなって。━━━━━でも、思っていたのと違った。

「(そうか、合う人と合わない人がいるのか。思えばこんなに純粋な人と私が合うわけがなかったんだ。)」

それから、私の"キス"の噂は広まった。今も男友達とは仲が良い。むしろ付き合っていなかったのが良かったのだろう。次は先輩だった。付き合ってくれと言われてキスをした。まあまあだった。それから何人か、先輩同級生に限らず先生ともキスをした。

「紫ー音ちゃーん♪」
「あれ、先輩彼女できたんじゃなかったの?」
「それがねーキスすると香水が臭いのなんの」
「ありゃりゃ。そんな事言って良いの?チクっちゃおっかなー」
「やーめてよーそんな口は塞ぐしかないよねー」
「結局っ…ぁ、…っふ……ん、」
「ん、……んぁ」

セフレまでいかない。お互いの欲求のはけ口とも言えない。ただ、キスをするだけ。それだけ。身体を求めることはない。私は、求められても良いのだけれど。

ガシャン

きっと運が悪かった。公衆の前でする人もいたけれど、"キス魔"の称号を貰っている私と、それを知っている人が見ているなら平気だと確信していたし、私は男に限らず女の子ともキスをしていたからだ。でも、今ゴミ袋を落とした彼女のリボンの色は━━━━一年生、つまり何も知らない子だったと言うわけだ。衛生教育上よろしくないのだろうか。いやでももう高校生なんだし…。

「あ、」
「?」
「彼女のお友達だ」
「彼女後輩だったんですか」

「あ、っあ、」

やばいと思っているのだろう。そりゃあそうだ。友達の彼氏である先輩が浮気しているように見えるのだろうから。そこに立ち尽くすその子は、落としたゴミ袋など忘れてしまったかの如く、私と先輩を交互に見ては口をパクパクさせて慌てている。心なしか顔も赤いようだった。きっと、キスシーンを生で見るのなんて初めてなのだろう。ひどい慌てようだ。可愛いなあ、初々しくて。

「あっあのっ」
「落ち着いて、君、飴は好き?」
「あっえ?はい」
「そう。」

彼女に歩み寄りつつ、そんな会話をしながらポケットを探る。ああ、あったあった。クラスの子に貰った飴玉。なに味かなんて見る暇もなく開け、それを自分の口に放り込む。じんわりと甘い味が広がった。どうやらブドウ味だったようだ。

「…背、高いんだね」
「えっ…っ!!」

自分より背の高い彼女の頭を優しく引き寄せ、唇を重ねた。目はお互い閉じていない。それから顔を傾けて飴玉を彼女の口の中に半ば強制的に捩じ込む。━━━━と、ふわりとシャンプーの良い匂いが鼻腔を擽った。瞬きをするたびに彼女と睫毛がぶつかって、そうして視線もぶつかる。

その瞬間。心臓が大きく脈を打った。まるで彼女の視線に撃たれたかのように恋に落ちた。けれど、今はこれでおあずけ。彼女の腰がそろそろ危ない。




キス魔先輩は君が好き。

(君、名前は?)
(…っぁ、西院高美、ですけど)
(私日野紫音。よろしくね。)
その日から私はキス魔ではなくなった。


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