book

□愛してるの歌を君に
1ページ/1ページ

開けっ放しの窓から、網越しに風が通ってカーテンを揺らしている。その向こうからは、暖かい春の陽射しが床に散らばったそれに目掛けるように照っていた。それとは、彼女、うたうたいが書いたのであろう楽譜の一枚一枚である。春が反射して何が書いてあるかは見えないが、きっと次の曲なのだろう。風に吹かれて窓際にある机から落ちた、と考えるのが妥当だけれど、どうやらそれを拾うべきこの部屋の主人は寝ているらしい。と言うか、寝ているのだ。もう陽も高いのに、机の向こうのベットは人一人分膨らんでいる。言わずもがな、この部屋の主人であり私の彼女であり歌手の紫音だ。きっと、昨日も仕事で忙しかったのだろう。なんせ人気歌手なのだから。壁に貼ってあるカレンダーからもその生活ぶりが伺える。生活管理は自分でしているらしく、部屋も独り暮らし。マネージャーさんが起こしに来ることはあってもご飯は基本自分で作るらしい。とは言え独り暮らしには広いこの1LDKを管理しきれる筈もなく。付き合う前、つまり紫音と会わなかった最初の2年間は
一週間に一回家族が様子見に来ていたのだとか。

「(付き合い初めてからは、その役目を家族でなく私がやることになったのだけれど。)」

紫音曰く、口実、らしい。これなら一週間に一回は顔を合わせられるとかメールと電話だけでは嫌だとか言って約束させられたのだ。

フワリと風が吹いて、また机から楽譜が舞う。そのなんとも言えず静かで神秘的な光景に思わず目を盗られた。そうして私の足元に落ちた楽譜を拾い上げると、五線の引いてある方ではなくて真っ白い方の面に字が連なってある事に気がつく。

「これは…歌詞かな?えっと…」

一番上の行の少し大きめに書いてある文字を読もうとするも、どうにも字が汚くて目を凝らした。寝る前に書いたのだろうか。曲のタイトルであろうそれは日本語に見えるのに全く読めないのだ。もしかしたら英語なのかもしれないと思い始めた時、サッと後ろから伸びてきた手が、私の手からその紙を奪い取る。

「あっ」
「こら、なに見てんの?」
「あ、ごめん。ダメだった?」

手の主、紫音はいつの間にやら起きていたらしい。寝起きでまだ滑舌がはっきりしていない声が耳元で聞こえる。加えて肩にかかる重みと、脇から前へ伸びて私を抱き締める腕の力が、より彼女の存在をリアルに感じさせた。そうして紫音は私から奪い取ったそれを見てんーと唸って私を見つめる。その息もかかりそうな距離に、彼女の視線に、どきりとして目を逸らした。

「…ダメじゃない、よ。ダメではないけど、……。」
「見られたくはない?」
「恥ずかしいんだよ。」
「えっ恥ずかしいの?」
「まあね。」
「そりゃあだって…書きかけのラブレターを見られたような感じだし。」

ラブレター。恥ずかしそうに彼女の口からでたその単語は、私も恥ずかしくさせた。彼女が私を抱き締める力が強くなるのを感じて、逃げられないと悟る。ずるい。

彼女が歌う歌は、殆どがラブソングだ。それも、聴いていて心が鷲掴みにされるような、歌から溢れ出すそれに流されざるを得ないようなそんな歌が多く、それらの歌は全て紫音自身が書いている。時には涙するほど切なく、時には情熱的なそれは彼女の心なのだ。そう思ったとき、そんな彼女に愛されているのが自分だと自覚したとき、ひどく胸が苦しくなった。今まで何となく聞いていたそのフレーズの一つ一つが私を一喜一憂させてやまなくなった。


「愛してるよ」
「ばか」
「言葉は難しいから…僕は、歌うことしかできない。」
「あ、そ。」
「だから、これからも君だけへの愛を歌わせて。」


「ばか。」



愛してるの歌を君に

(それは肯定なんだよね?)
(…さあ?)
(うあぁぁあぁぁ可愛いぃぃぃ)
(Σ(゜д゜;))


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ