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□涙の海で窒息
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変な夢を見た。

貴方を好きにならない私の夢だった。

そこに、貴方はいなかった。

どうしてかひどく怖かった。ひどく寂しかった。その私は、手を繋ぐ温もりもまつ毛に触れる一瞬の安堵も何も知らなかった。そんなものの存在も、寂しさの理由も、全部全部知らずに生きていた。当たり前のように、だけれど大切な体温をどこかに忘れてきたような感覚がして、更に寂しくて。ただ、何も知らない私はそこにいた。目を開けても視界は真っ暗で、どこか闇の中にいるのかと思って体を動かせばそこは教室だった。教室の白熱灯の光と周りの人たちがひどく眩しくて、知った顔もいたけれど話しかける気にはならなかった。と言うか、胸が苦しくて、話しかけようとしても声が出なくて、どうにも話しかけられなかったのだ。

「(涙が、出ない━━━━━…

そう思ったのを最後に夢から醒めた。(正確にはそこまでしか覚えていないのだ。)そうして、まだ定まらない視界がそのままふと滲んだ。涙だった。夢では出なかった涙が、現実ではまるで洪水のように溢れた。枕が濡れていくのがわかるほど、自分でもわからなくなるほど涙が出た。次第に声も出てきた。最初は、高くてか細い枯れ気味の声だった。寝起きだからか喉が酷く辛かったけれど、そんなことも気にならないほど、声はだんだん大きくなっていって、涙はどんどん溢れていって、私は思わず布団を抱き締めた。まるで子供のようだと心のどこかで思いながら、それでも涙は止まらなかった。

それから思い出した。貴方に出会って、貴方を好きになるまで、私は泣くことができなかったのだ。ひどく乾いていたのだ。泣きたくても泣けなくて、私はひどく苦しかったのだ。

「(何をしたって苦しいのか。神は、私を幸せに泣かせてくれないのか。)」

幸せに貴方を愛していたかった。やっと泣けたと思っても、それが幸せとは限らなかった。

━━━━もう3日も貴方の声を聞いていないだけで、私はこんなに涙が溢れて止まらないのだ。もう、と言っても、きっと誰かはまだ3日だと言うのだろう。でも、また日が上って一日が過ぎていったら、私は体の水分が抜けきるまで泣くのだろう。涙が枯れるまで泣くのだろう。それまでにはきっと涙の海が出来上がっているから、そうしたら私はその海で窒息しよう。すべての空気をその中で吐ききって、足掻くことなく王子のキスを待つのだ。


涙の海で窒息

(早く、迎えに来て。)

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