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□濡れた夏の下で
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「はぁ…、はぁ…、」

ぽたりという音は。
例えば手に持ったアイスから、
汗で濡れきった髪から、
涙が伝う頬から。

そうしてきっともうすぐ悲しげな空からも音は降ってくるのだろう。今はまだ、蝉の痛々しい生命宣言だけが聞こえている。この街を見下ろせる坂のてっぺんにある櫻の木でどれだけ繰り返されたかわからないそれを静かに聞きながら、私は目を閉じた。春から夏に季節は移り、この櫻の木も、学生やスーツ姿の社会人も街を歩く人々もどこか涼しげになった。目を閉じてなおわかるのは、瞼越しに感じる木漏れ日の声がどこか穏やかに答えていることだ。ふと触れた夏の優しさに、風が肌を擽る感覚に、私の鼓動は同調する。

「君がここを好きだった理由が、わかった気がするよ。」

━━あの日、あどけない笑顔で彼女は私にここを教えてくれた。立派な櫻の木がそびえ立ち、街を一望できるこの坂の頂上を。

と、街を一望して思う。今日の街はなんだか静かで、とても穏やかで、それから鼻をつくあの懐かしい匂いでいっぱいだ。そうして合わせた両の掌にできた汗を、風が優しくさらってくれる。ただただ思い出した君の笑顔が眩しくて、私はここに来た。君が眠る場所よりも、君の笑顔が残るここの方が良いと思ったからだ。

私は、夏の優しさに君を感じた。


濡れたの下で
君を待つ


(ねえ、今君は…)

夏の盆の話。一応春と繋がってます。春と夏の関係はご想像にお任せです。









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