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□白い魔法
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ふわりふわりと、窓の外で雪が舞っている。白く、白く。電車の速さに合わせて変わっていく景色も、いつもと違ってお伽噺の1ページのような錯覚を私たちに吹き付けた。遠くのビルが白んで霞んでいる。白。一面白だ。いつもは黒い下界も、今日は真っ白い。まるでオセロだ。めったに後手が勝つことのないオセロ。都会のアスファルトに包まれた道路は今だけ白く裏返されて、子供がはしゃぐ。大人はシャベルを片手に眉間に皺を寄せた。恋人たちは、きっと、寒いねなんて言いながら手を繋ぐんだ。きっとそうだ。これは、雪がくれた白い魔法だ。

ただ、どうにも、私の心にその魔法は効きにくいらしい。

「(一緒に見れたら、どんなに良いんだろう。)」

遠い彼を想う。もしかしたら向こうは雨かもしれない。彼は雪が好きだろうか。寒いのより暑いのの方が苦手だと言っていたからもしかしたら雪は好きかもしれない。無邪気に笑いながら雪を固めて投げてくる彼を容易に想像できて苦しくなった。そんな私の思考を醒ますように、電車がひとつ、大きく揺れた。もう、最寄り駅だ。荷物を持ち直すと、嬉しくもない雪のための傘が邪魔に感じた。午後のこの時間にこの駅を降りる人は少ない。それも手伝ってか、少し寂しさを覚えながら改札を出て、いつもの道を歩く。耳に流れてくるのは切ない女声のバラードだ。今の私にぴったりである。はあ、と吐いた息もまた、白かった。

「(そういえば、初めてのデートには白いコートを着ていったな。)」

ふとそんなことを思いながら街を歩く。あの時彼のコートは黒くて、ああ反対だなあなんて無性に嬉しかったのを思い出して、また寂しくて。どうしようもない想いは、けれど、愛しさも秘めているのだ。

「(白い魔法、か。)」

思い出や想いは、雪と同じように積もっていくのだ。他愛もないメールも、膨大な通話時間も、ずっとずっと溶けることなく積もっていくのだ。会いたいという思いも、寂しさも、積もっていくのだ。そうして心が彼でいっぱいになっていく。なんて幸せなんだろう。

私も、すでに白い魔法にかかっていたのだ。






(好きだと目を見て言えるその日まで、)



遠距離恋愛の、ある雪の日のお話です。


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