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□透けた君の、猫の残像
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君なんか知らない、とそっぽを向いてからどれぐらいがたったんだろう。もう随分君の綺麗な尻尾をみていない。君の私を貫く瞳も、なんでも知っているような耳も、虚像のように過去へと消えるはずが、それでも私の心の中に住み着いているのはやっぱり、君の事が大切だったからなのだろうか。君と笑った時間も、その『透けるような』肌に触れた痛みも、もう戻っては来ない。

どうして君と喧嘩をしたのかなんて、もう覚えてないのだ。

私が「ごめんね。」と言ったあの後も君はいつもの公園にいた。そうして君は『にゃお〜ん』なんて言って変わらない姿で久しぶり、と挨拶をしたのに、君からはいつもと違う臭いがして、いつも喉をならす所を撫でたってぱちくりとその瞳を開かせるだけになった。
その賢そうな瞳で、もう別の人を匂わせた。

「(ああ、そうだ。それで。)」

酷く下らない嫉妬。だって私は、それでも君が大切だったから。君が特別だったから。私の心に残り続けて、その爪でひっかくから。
だからついつい君に笑いかけてしまったんだ。

『次の子は優しいんだね。その人は君のどこを撫でるの?お風呂も一緒にはいるの?君お風呂好きだもんね。それでゴロゴロ、なんて甘えるんでしょ?餌はおいしい?そう。缶詰?肉入りなんだ。でもきっとそれは高いやつだから少ししたら変わるよ。その子は都合よく君と遊んでるだけだよ。ねえ。』

そうして私を睨んだ君を見て、涙が出そうになって、どうして大好きと言えなかったんだろう。そんなのはわかっているけれど。それでも後悔せずにいられない。後に悔やむとはよく言ったものだ。


君は猫だから。
気ままに歩き、優しい人に尻尾をふって、私を忘れてしまうから。
私は人だから。
いつまでもいつまでも、君の事が忘れられない。自分の為に選んだ道を振り返って、君の尻尾の残像を追わずにはいられない。



この言葉は君に届いているだろうか。
君は馬鹿にするなと怒るだろうか。
私の心に爪痕を残したように、君の心に足跡を残したい私を、君は愚かだと思うだろうか。
ふと私を思い出して苦しんだり悔しんだりするだろうか。


ごめんね。
幸せになってください。

そうしてたまに私を思い出して、『あいつは子供だった。』と嘲笑ってください。



透けた君の、猫の残像
賢い君へ。


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