夏のある日に、この恋を。

□1話>>恋に気付く、5秒前>>
1ページ/3ページ



 ――きっかけは些細なことだった。

 飴が小さくなったから噛み砕く、みたいな。

 ガムの味が消えたから吐き出す、みたいな。

 そんなくだらない理由で、スキって気づいたんだ。



+--+--+--+--+--+--+--+--+--+

>>恋に気付く、5秒前>>

+--+--+--+--+--+--+--+--+--+



 中学は楽で良かったな、と今更ながら思う。

 進路なんて堅苦しいだけだ。

 私は中学から高校にあがるのには、苦労しなかった。中高一貫だったから。

 六年間部活に励み、楽しい青春を送ってきたはずだ。

 そう、楽しい青春を。

 足りないものがあるなら『恋愛』くらい。

 男子からの告白は何度かあったけど、全部断った。

 だってスキじゃないから。



 ――だってスキじゃないから。



 彼女もそう言ったんだと聞いた。

 いや、言っていた。

 三年生の春に転校してきた彼女も。





□■□■□■□■□■□


「はあ」

 また一つ、口から幸せが逃げてしまった。

 時間は放課後、場所はとある教室。正確には三年四組。

 幸せを逃した少女、夏美は、夕暮れの教室で一人うなだれていた。

 教室に一人孤独。

 オレンジ色の教室は、頼りない腕を、ぼさぼさのショートヘアを、平坦な胸をシルエットとして浮かばせる。

 暑苦しい夏の日差しが容赦なく白い肌を焼き、時計の秒針が耳障りな音で動き、そして耐えられなくなっり勢いよく立ち上がった。

「あぁああぁぁぁぁぁああぁあぁあ!! 何なのあの担任!? 私だってちゃんと考えてるっつーの!」

 鞄をひっつかみ、どたどたと音を鳴らし教室を出る。

 思い切り強く、叩きつけるように閉められた扉は、一言『ばん!』と言った。




「…………」

 そんな彼女を見る目があった。

 パタパタスリッパを鳴らしながら走る夏美の後ろ姿を、じっと見つめている。

 場所は三階廊下。三年四組から昇降口に向かう側とは反対に佇み、無表情に凝視。

 サラサラの黒髪と大きな瞳。高身長で体つきも文句なし。完璧超人だ。

 そして、夏美の姿が角の向こうに消えると、

「……ふっ」

 微笑んだ。

 年相応の笑みは、誰が観ても『可愛い』と答えるだろう。完璧な微笑みだった。

 しかしそれも一瞬のこと。

 すぐに無表情になると、何を思ったのか廊下の窓に手を掛ける。

 からから、と心地よい音とともに開いた窓から、生暖かい風が入ってくる。

 その気流に逆らうように、



 彼女は窓枠の外へと身を投げた。



 黒い長髪はサラサラと広がり、まるで孔雀(くじゃく)の尾のよう。

 大きな瞳は見開かれ、着地点を見据えて動かない。ふわりと舞うスカートも気にせず。



 ――――ずだん!



 ギターベースを叩きつけたような、それでいてどこか軽い音。

 地面は爆ぜ、あたりに残骸を撒き散らし、彼女の靴を汚した。

 そう。彼女が飛び降りたのは、ほかでもない花壇の上だった。

 美化委員会の彼女は、その肩書きを口実に、今、足下にある花壇を整備していたのだ。

 落ちても平気なよう土をふかふかに、土埃をあげないようにしっかりと水気を。色々と注意して仕事を全うしている。私利私欲のために。

 ともかく、彼女は三階から文字通りひとっ飛び=A一階、というか外へ。移動の手間が省けてしまった。

 そしてそそくさと昇降口に向かう彼女のことに気づく人は、誰もいなかった。



■□■□■□■□■□■
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ