空。

□健悟、一日目。
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「あ゙――――――――!!!! まっっっっったく解らん!!!!」

 机の上には数学の参考書。

 真夏の日差しと同じく、ページの色は真っ白。

 危機感を覚えなくはない。

「横山健悟、数学を諦めたい」

 はぁ、とため息。

 幸せが、扇風機の風に乗って逃げてゆく。

 ――――八月一日。お昼を過ぎた。

 田舎町の一角にある、ごく一般的な家。そしてその二階に、彼が勉強している部屋はある。

 そこから出ずに勉強しているのは理由がある。

 ……受験生なのだ。

 今年で十五になる健吾は、受験戦争の真っ只中。

 つまり、夏休みに勉強しないと、戦死してしまう。

 ただどうも数学が解らず、蒸し暑い部屋で悶々としてるだけ。

「おい健悟」

「……姉貴、せめてその格好はやめてくれ」

「あたしゃ暑いんだよ」

 部屋に来訪者、姉の水樹(ミズキ)だ。

 ブラとパンツといったわけわからん格好で家をうろつく大学生は、多くはないだろう。そう願いたい。

「健吾、アイス食うか?」

「あんの?」

「ガリ○リ君しかない」

「もらうわ」

「下にあるぞ」

「へいへい。息抜きにはちょうどいい」

「何やってたん?」

「数学」

「つまんねー」

「悪かったな」

 こうでもしないと、高校にいけなくなる。

 階段を下り、台所へ。

 冷凍庫を漁り、ガリガ○君を取り出す。

 ソーダの爽快な味は、夏にぴったりの避暑の味。

 袋から本体を抜き取り、いただきます。

 冷たい何かが身体中に広がり、スッっと暑さを和らげる。

 アイスを平らげると同時に、姉が二階から下りてきた。

 そんでもって、今日はどうすんだ、と聞いてくる。

「勉強だよ」

「道場行かないんだ?」

「もう剣道部は卒業した」

「はいはい。あと、こんなの届いてたよ」

 彼女が持ってたのは、一枚のチラシ。


《夏祭り》


 たった三文字がタイトルの。

 そういえばそんなのあったな。

「空ちゃんと瞬くん誘って行ってきな」

「……あぁ」

 言ってすぐ、姉貴は扇風機の前に陣取る。

 あ〜……ってやってる。

 羨ましい。

 ――――どうせ俺は行かないだろう。

 あいつらは勉強にいそしむだろうから。

 最近関係も曖昧になってきた。

 …………もやもやする。

 きっと、数学より難しい問題を解かなければ、もとの関係に戻れない。

 あーもう! これだから!

「ちょっと出かける」

「どして?」

「気分転換」

「さいで」

 サンダルを突っ掛け、外に出る。

 無駄に暑い夏の太陽が、見下ろしてる田舎町を歩きたい気分だった。



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