夏のある日に、この恋を。

□1話>>恋に気付く、5秒前>>
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 怒りに任せて身体が動く。

 階段を飛び降り、どたどたと廊下を走る。

 ――あーもーイライラする!

 心の中でぼやき、獣のように駆け抜ける。

 肩で風を切り、また階段。

 飛び降りたら『ずだん!』と情けない音がして、なんだか哀しくなった。

 でもやっぱり勢いは大事なもので、衰えを知らず加速。

 本能の赴くまま、身体が、足が動く。動く! 動く! 動く!!

 再びスピードに乗って一階へ。
 昇降口はすぐそこ。きっと十秒もかからないだろう。

 そんな怒りに任せられた身体。感情的になり前しか見ていない眼。

 そんなでは、やはり事故を起こす。

 肩が風以外の何かを切った。

「ひゃっ!?」

 当たった何かは可愛らしい悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。

「す、すみません!」

 とりあえず謝ろうと顔を上げて眼に写ったのは、

「……って、梨子!?」

 とっくに帰ったはずの友人だった。

 サラサラの黒髪と大きな瞳。高身長で体つきも文句なし。胸も大きいし。

 ――という完璧超人だ。

 そんな彼女、梨子は、へたんとその場で伏せたまま、上目遣いで夏美を見上げた。

「あれ、夏美? そんなに急いでどうしたの?」

「いやまぁ、急いでると言うかなんと言うか……」

 ただ担任の話が頭に来て怒って衝動に任せて走ってたらぶつかっちゃった、とは言えない。

「夏美?」

 そう言われてもなぁ。

「また先生になんか言われたの?」

 哀しいことに、見透かされている。

 まぁ、普段から進路の事であー言われたこー言われたって、彼女に言ってたし、仕方ないか。てか、普段から彼女に愚痴を吐いていたのか。

「そうなる、かな〜?」

 誤魔化しに出てみる。

「……夏美のペースで決めればいいよ」

「う、うん、ありがとう」

 哀しいかな、先の先まで見透かされていた。流石だとしか言いようがない。

 容姿が完璧なのに加え、そのほかに勉強もできるのだ。スポーツは苦手らしいが、そこは聖女というか女子的に可愛らしい≠ニとられている。

 憎たらしい程に性格も良し。かなりの人気者となっている。

 そんな梨子が、いつも自分といるのにいささか疑問を抱くが、これは何故か誰も何も口を挟まない。

 そんなことをぼうっと考えていると、彼女が手をのばしてきた。

「?」

「起こして」

「あ、うん」

 一瞬だけ躊躇って、手を重ねる。
 温かく、柔らかな肌の感触。

 掌(てのひら)を飛び越え手首を掴む。そっと、そっと。

「……っ」

「どうした?」

 掴んだ瞬間、彼女が反応した気がした。具体的に言うと、肩が跳ねた。

「いや、大丈夫。なんでもないから」

 ――――何か引っかかる。

 勘が訴えてくる。以前にもあった気がする、と。そして――――

「じゃあ、帰ろうか」

 手を握り、立ち上がった夏美が言う。

「あ、うん」

 考えていたので、こっちが言葉に詰まってしまった。

 その前に、流れるような動きで昇降口へ向かう彼女に言わなければならないことがある。

「とりあえず手を離して……」




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