夏のある日に、この恋を。

□2話>>修学旅行、前日>>1
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「失礼します」

「お、霧村(きりむら)。真面目なお前が珍しいなぁ」

 霧村。霧村夏美。それがあたしの名前だ。なんだか久しく聞いていなかった気がする。

 そんな、あたしを名字で呼んだ奴、すなわち――

「横浜」

「横山だ」

「剣道」

「健悟だ!」

 横山健悟。中学時代からの付き合いで、今は保険委員の委員長をやっているらしい。将来は医学関係に就きたいんだとか。

「なんで横山がいんの?」

 椅子に腰掛けながら問う。

「暇つぶしだよ、暇つぶし」

「ホームルームは出ないわけ?」

「面倒なんでね。今日一日、ここで過ごすと決めた」

「さいで」

 授業にも出ない気か。

「んで? 霧村こそなんでここに?」

「前原先生に用があったんだけど……」

 本日のカウンセリングは無理そうだった。ちょっと落ち込む。

 しかし横山が、心を読んだがごとく、こう切り出した。

「もしかして、精神面でキちゃってる?」

 踏み込まれた。思いっきり。

「俺も一応、カウンセリングみたいなのはできる――」

「横浜はさ、」

「横山だ」

「その、スキな人とか、いるの?」

「おいおい霧村。そういうのは明日の夜にやるもんだぜ?」

「……それじゃ、遅い」

 声が震えているのが、自分でもわかる。

「え? なんだって?」

「それじゃ遅いって言ったの!」

 さっきもそうだった。やけに感情的になっている気がする。

 あたしの声に驚いたのか、横山は目を見開き、唖然としたまま固まっている。

「ごっ、ごめん!!」

 即座に謝る。

 もう、自分はどうかしてる!

 頭の中で思考が高速スピン。気持ち悪い吐き気に襲われる。

「あ、いや、いいんだけどさ」

「う、うん」

 間。この居心地の悪さったらもう。

「じゃ、話戻すけど、何だったっけ? 急な話なんだっけか」

「うん、まぁ。急いでるっちゃ急いでる」

「なら早くすまそうぜ。正直眠い」

「だから保健室にいたのか……」

 一つ謎が解けた。

 と、それは置いといて、

「スキな人、いる?」

「まぁそりゃ、思春期の男子なんて、みんないるだろ」

 半分は冗談だろう。でも、なんだか救われた気がした。

「じゃあ、あたしの話、絶対笑わない?」

「誓おう。何に誓うかはわかんないけど、とりあえず誓おう」

「初めて横浜がかっこよく見えた……」

「だから横山だ」

 台無しだ。

「んで? 中学来の友人に恋愛相談もいいが、俺も限度があるぜ?」

「わ、わかってる」

 ちょっとずつ早まる鼓動を意識しないように、一度深呼吸。瞳を閉じて、潤んだ目を誤魔化す。

 数秒の世界がやけに遅く感じる。

 ――――決意を固めて、いざ。

「あ、あたし――――」

 横山が固唾を呑んだ。

「――――スキな人が、できた」



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