掌編小説置き場。

□aFraid, a Friend
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 夏休みの近くなったある日のことである。

 彼女、藤原冬華と友人になり、二週間が過ぎた。

 俺たちは、休み時間の間にちょっと会話したり、秘め事のように放課後二人っきりで勉強している。あと買い物も。

 そんな生活に慣れ、わかった事がある。

 冬華は甘いものが好きなこと。歴史教科が苦手なこと。弟がいること。敬語を使うときは彼女なりの親しみがあってのこと。

 そして――――受動的ぼっちだということ。

 ただいま絶賛授業中。

 俺は黒板から目を逸らし、彼女のサイドテールを見やる。

 彼女のことを、考える。




 あれだけ明るく、快活な少女。しかも可愛い。

 なのになぜぼっち≠ネのか。

 いやまぁ、ストレートに言うなら、馬が合わなかったんだ。

『明るく振る舞い友人を作ろうとしたが、結局避けられた』というのを体現したのが、彼女、藤原冬華本人なのだ。

 仕方ない。仕方ない。何が仕方ないのかはわからないが、とにかく仕方ない。

 それは、誰よりも彼女が理解しているのだろう。

 なのにまだ、明るく振る舞い、友達を作ろうとする。

 ここで能動的ぼっちになれば、いちいち期待して傷つかずにすむのに。

 なぜ……。

 なぜこんな下らないリア充どもの仲間になろうとする。

 なぜそんなに人と接点を持ちたがる。

 見切ってしまえばいいのに。諦めてしまえばいいのに。

 多分、彼氏がほしい、というのも嘘だ。二週間のうち、一度も『彼氏』とか『恋愛』に関するワードがでていないから予想はつく。

 だとしたら、そんな嘘をついてでも、俺みたいなぼっち≠ナもいいから、友達が欲しかったということになる。

 ……ますます分からない。これがぼっち∴モ外の連中の考え方なのか……?

 はぁ。

 とりあえず俺は、板書を再開することにした。

 今日も蝉がうるさい。

 夏休みには飽きるほど聞く羽目になるのは、目に見えている。

 この時は、蝉の声は、ただうるさいだけだった。




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 昼休みはいつもひとりだ。

 それはいつものことだし、そんな日々を壊されたくないと常々思っている。守りたい、この時間。安らぎの一時だ。

 だから俺は、今日昼休みに起こったことを、絶対忘れないだろう。

 そう、事件は急に起こった。


「今日から昼食を一緒にとります」


 高らかに宣言したのは、まあ、もうお分かりだろう。

 我が友、藤原冬華である。この問題児ちゃんめ……!

 こっちにてとてと向かってくる彼女は、なんというか、悪い意味でかなり目立っている。

 そして、彼女が向かう先の俺も目立っている。

 これはマズい、非常にマズい。

 何がマズいかは一目瞭然である。ぼっち≠ェ目立ってはいけない世の中で、今俺たちは目立っている!

 ほら見ろよ緑ヶ丘が目を見開いちゃってるぜ。

「今日から一緒に昼食をとります」

 俺の目の前についたとたん、同じことを言う。

「おい、なんのつもりだ」

「ともだちなら昼食くらい一緒にとるとネットで聞いた」

「現代は情報過多な世の中なんだから、情報の取捨選択はしっかりしような」

「でもみんな一緒に食べてるし」

「みんなはみんな、自分は自分って昔から言うだろ? 周りに流されることはないんだ」

「ねぇ、紡くんはさ、私とおべんと食べるの、いや?」

「あぁ、その、」

 なにこいつ上目遣いが強烈に可愛すぎる! やばい、これは、なんというか、やばい!

 ってそんなことは置いといて。

「……いいよ、一緒に食おう」

「やった。ありがと」

「お、おぅ」

 実際、嫌かと聞かれれば、気持ちは半々だったりする。

 目立つのは嫌だが、冬華と一緒に食事ができるなら幸せだ。だって可愛いし。その笑顔に俺がたじろぐほどだし。

 いつの間にか和田さんの席につき、弁当を広げる。

 俺は後ろを向く。彼女と向き合う形になった。

 ちなみに放課後の『勉強会』も向かい合ってやっている。

「……目立っている」

 クラス内で、俺は基本空気的な存在だ。しかしその空気君がいきなり教室の隅でリア充的行動をし始めたらどうだろう。

 ……無論注目せざるを得ない。

 彼ら彼女らからしたら、俺たちぼっち≠フ変わった行動は興味とからかいの対象でしかないのだ。

 これぞぼっち≠フ屈辱である。相当恥ずかしいしな。

「本日は卵焼きがメインです」

 さいですか。

 ていうか、白米以外は全部卵焼きじゃんかよ。

「……なんかないの、紡くん」

「なにを求めてるんだ何を」

「自信作です」

 ドヤ顔で言われてもなぁ……。

「そうか。よく作ったな。ついでにもっと友達作れ」

「…………では罰として、紡くんにはこの卵焼きを私に『あーん』させます」

 なんで笑顔作ってるの!? 怖いんだけど! いや可愛いけど怖い!

「お前なぁ……目立ってるぞ」

 俺は目立ちたくない、というのを込めて小声で伝える。

「そりゃクラスのアイドルだし?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………ごめん」

「…………うん。と、とにかく、弁当食おう。な?」

 あぁ、誰かクラスの視線と沈黙に耐えた俺を褒めてくれ。

 その後俺たちは、特に会話無く昼食を終えた。

 終始周りがひそひそ話をしていたのに気づいたからか、俺の意志が伝わったからか、彼女は話しかけてこなかったのだ。

 ただ気になった点が一つ。

 なんで頬を赤らめてちらちらこっちを見てたんだ。不審な行動は、周りに話題を振るだけだぞ。

 ――――このときほど、蝉の声がありがたく感じたことはない。周りの音を消してくれる、やかましい声に初めて感謝した。




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 放課後。木曜日だから、クラスで勉強だ。

 ともにぼっち≠ニいうことを除けば、なかなか良いシチュエーションではある。

 まだ夕暮れには早い夏の太陽が、俺たちを照らす。机をくっつけ、二人っきりでペンを動かす。耳につく蝉の声も、心なしか静かに聞こえた。

「ここ、間違えてるぞ」

「え、うそ、なんで?」

 成績はどうやら俺の方が良い。なので俺が教える形になる。

「enjoyは-ingしかとらないんだよ」

 実際この作業は楽しい。なんか、コミュニュケーションしてるって感じで。

「へ〜、紡くん頭いいね。よしお姉さんが撫でてやろう」

 ……こういうのも、たまにあるし。

「……人前でやるなよ」

「照れるなよ〜。……うん。わかってるよ」

 なんとなく、彼女が寂しげに言う。

 それに気づかないふりをして、俺は再びペンを走らせる。

 彼女はまだ撫でている。

 構わず一問解く。

 彼女は止めない。

 気にせず一問解く。

 まだ続ける。

「おい」

 さすがに気になって、声をかけてしまう。

 半眼で睨もうかと思って顔をあげると――――


 悲しそうな、彼女の顔が。


「……っ!」

 息をのむ。美しい。そして、それ以上に儚い。

「……あ、ごめん、やりすぎちゃった?」

 あっけらかんと言う彼女。

 俺は――聞くべきか?

 ……いや、それをするのはリア充の役目だ。俺の領分じゃない。

「いや、何でもない」

ぼっち≠ヘ無力だ。

 誰であろうと、無償の優しさを配ろうとしないから。

 受動的ぼっちは、聞き入れてくれないだけだが。

 だから俺は、彼女に何らかの悩みがあっても、救えない。救わない。

「ねぇ、紡くん」

「なんだ?」

「……なんでも、ない」

「……そっか」

 少し、心が痛む。無力を嫌だとは思っていないはずなのに。

「もうすぐで夏休みだね」

「そうだな」

「夏休みになったら、会えないね」

「……そうだな」

 蝉が鳴く。うるさく感じる。

「ねぇ、紡くん」

「なんだ?」

「私、紡くんと夏休みを過ごしたいな」

「……そっか」

 ペンが止まる。鼓動が高鳴る。

「……紡くんと離れたくないな」

 暑い。熱い。きっと夏のせいだ。蝉のせいだ。

「紡くん、私ね、私―――」



「やめろ」



 遮る。心臓が跳ね、蝉が鳴きわめき、太陽が見守る教室で。俺は初めて『感情』を伝える。

「それ以上は、やめろ」

 夏と不釣り合いな冷たい声で。

「紡、くん……?」

 言う。言わなくては。言ってはならないことを。

 これはぼっち≠フ最高の選択だ。こんなに良いことはないんだ。

「言葉にすると、想いは加速する。だから、やめろ」

「でも、紡く――」

「やめてくれ、冬華。それ以上、俺に聞かせないでくれ……」

 かすかな沈黙。

 彼女は、悲しそうに俯いて、「……うん」と小さく頷いた。

「……俺は帰る。急用を思い出した」

「…………そっか。じゃあ、またね」

「ああ、また」

 鞄をひっつかんで廊下を走る。冬華が最後になにか言ってた気がするけど、気にしないことにした。

 走って逃げたかった。
 蝉のうるささだけが、救いだった。




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 お互いがお互いを意識しすぎて、気まずくなって、次の週の月曜日。

 おなじみRの授業。

 俺は何事も上の空だった。窓の外をみてはボーっとし、ノートもとらない。最悪な生徒だ。

「はいじゃあ、誰でも良いから二人組組んで〜」

 先生の間延びした声が聞こえる。

 クラスメイトたちは立ち上がり、それぞれペアになる。

 もちろん、俺は炙れ者同士――つまり冬華――と組むことになりそうだ。

 どこか浮かない顔の彼女が寄ってくる。

 俺は彼女の方に歩きだし―――――彼女の横を通り過ぎ、先生のもとへ。

「先生、キモチワルイんで、保健室行きます」

 と一言伝えて、返事も聞かずに早足で教室を出た。

 無力な俺に、蝉は鳴いてくれなかった。




 保健室でサボり、放課後に無人の教室に戻る。

 扉をスライドさせ、中を見ると――――、

 無人ではなかった。

 藤原冬華が、机に向かって、頭を抱えながら、ペンを走らせている。

 ――――動けなかった。

 待っていたんだ。

 冬華は、俺を。

 ずっと。

 なのに、なのに、

 俺は、


「――――…………冬華」


 声を絞り出す。

 蝉に負けないように。

 冬華に届くように!


「冬華!」


「え、」

 視線が合う。

 俺は、走り出す。

「紡、くん……」

 抱きつく。

 儚い冬華が消えちゃいそうで、

 美しい冬華が壊れちゃいそうで、

 守りたくて、

 謝りたくて、


「――――ごめん」



 泣きそうな声で、伝える。

「ど、どうしたの、もう」

 強がった声が、鼓膜で揺れる。

「ごめん。全部聞くから。全部、聞くから」

 冬華を放す。

 感情のまま動いた身体を、ほどく。

「――――だから、ごめん」

「……じゃあさ、その前に、やり直してよ」

 今度は、少し落ち着いた声。

 こほん、と冬華は咳払いをし、

 もう一度ゆっくり、俺と目を合わせ、

 そして、少し頬を染めて、


「……私と、ともだちになってよ」


 笑顔を作った。
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