掌編小説置き場。

□aFraid, a Friend
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「シャーペン、落ちてたよ」

 人間には距離感というものがある。

 心の距離感が近い者、すなわち友好度が高い者は、身体的にも距離感が近くなる。

 極端な話をすれば、カップルが手を繋いだり抱きしめ合ったりすることだ。爆発しろ。……まあカップルじゃなくたって、友人同士なら身体的接触は当たり前だ。

 で。

 それゆえに逆のパターンがある。

 友好度が低ければ低いほど、心も体も距離を置く。間をあける。時に不自然なほど……。

 では、どんな人種が距離をおかれやすいのか。

 基本、距離を置かれにくい人種は、友達がいっぱいだ。人当たりが良く、誰にでも優しく、人を引っ張るだけの器量がある。

 問の答えは、その逆だ。

 簡単に言うならぼっち≠セ。

 どういう経緯であれ、クラスなどグループから孤立してしまえば、途端に距離を置かれてしまう。

 ――ちょうど、このように。

「ありがと」

 素っ気なくないように応える。別に笑顔を作ってもいいのだが、そこまではやらない。

 確かクラスでは鈴と呼ばれていた女子。彼女がシャーペンの端を掴んで渡してきたのを受け取る。暗に『手に触れるな』と言われているみたいだ。

 別にいいけど。慣れてるし。というかこのこども高校生にやられてもダメージないし。

 受け取った直後、彼女は身を翻し友人のもとへ去っていった。そんなに俺が嫌か。

 いや、俺というよりぼっち≠ェ嫌なのだろう。友達がいないイコール『悪い』みたいなイメージが、この世にはある。

 はあ……。ため息一つ。

 ここまでもったいぶっておいてアレだが、率直な結論を言おう。

 ――――俺も友達が欲しい。




+--+--+--+--+--+--+--+




「はい、雪原くん。プリント」

 昼休み。

 幸か不幸か、俺にプリントを差し出してきたのは、女子だった。しかも笑顔だった。声がハキハキしてる。

 クラスにいる女子で名前は――――忘れた。まぁ、関わりないし。

「ありがとね、わざわざ」

 実を言うと、俺はコミュ障ではない。こんなにも爽やかに礼を言えるしな。笑顔の奴にはなおさらだ。友達がいない奴=コミュ障、というイメージは払拭されるべきだと常々感じている。

 しかし、女子に笑顔を見せられたのはいつぶりだろうか。

 しばらくないなぁ……、いや待て、一度はあるはずだ。思い出せ、思い出せ俺よ! 一度も無いなんてあり得ないんだっ!

 ………………。

 まあ、あれだ。うん。察してくれ……。

 ていうか、女子の笑顔はいいな。それが自分になら、さらに。はぁ〜……いいな、これ。

 おおっといかん! 恋慕の感情を抱いてはならない! もしも「こいつ、俺のこと好きなんじゃね?」とでも思ってみろ。そのときは決まって「童貞はちょろいな」って思われてるんだぞ! ちくしょう泣いてなんかねぇよこれは汗だよぐすん。

 そんな女子はニコニコしながら、じゃね、と残し自らの席へ戻る。そこそこ席が近いな。

 ちなみに、俺の席は『雪原紡』だから窓際の後ろから二番目。といっても、後ろの和田さんは絶賛不登校中なので、実質一番後ろだ。うん、サイコー。

 そんな自席から彼女のサイドポニーを見つめる。考える。

 うーむ……。この通りぼっち≠ネせいで、誰が誰だかわからない。覚えているのは、出席番号一番の赤坂、こども高校生で委員長の鈴、隣のよく教科書を忘れる男子の緑ヶ丘(教科書を忘れた時は俺じゃなく反対側の女子に見せてもらっている。なんだよ泣いてねぇって)、後ろの不登校少女和田さん。こんなもんだ。

 彼女の席は緑ヶ丘の前の前……つまり、『は〜み』で始まるくらいだろう。

 まずは『は』。長谷川しか思いつかない。でもあれは長谷川って顔じゃなかったから却下。

 次に『ひ』。てか『ひ』で始まる名字を俺は知らない。これもなし。

『ふ』、『ふ』か。思い出せ、思い出せぇ――――。

 思考が回転速度を上げるたび、どんどん視線が彼女に集中する。まるで睨んでいる様だが断じて違う! これは俺が名を思いだそうとしてるだけでほんとにちが

「あっ」

 しまったあああああああああああああ! 思い出した拍子に声をあげてしまったあああああああああああああ!!

 何をしている俺!ぼっち≠ノは何の発言権もないんだぞ!

 ほらもう見て見ろよ。今緑ヶ丘がチラ見したぞ。

 やだもうクッソ恥ずかしい……。

 で。で、だ。俺の恥ずかしさは置いといて。

 彼女の名は――藤原冬華。

 先週のRの授業で名前を呼ばれていた……気がする。

 そういえば、誰かと一緒にいる姿を見たことがないな。今も一人でご飯食べてるし。

 もしかして、友達いないのか?

 ……いやまさか。おそらく天真爛漫な性格なのだろう。それプラスあの笑みをもってすれば、友人の一人や二人、簡単なはずだ。

 あ、違うクラスの奴と仲がいいのか?

 でも一人メシしてるしなぁ……。

 まあいっか。

 彼女がぼっち≠ゥなんて、俺には関係のないことだ。

 とにかく昼休みは一人メシと昼寝で過ごそう。

 ――かくして俺は、思考の海に溺れていて、弁当を家に忘れていたことを忘れていたのである。




+--+--+--+--+--+--+--+




ぼっち≠ノは二種類ある。

 能動的ぼっちと受動的ぼっちだ。

 能動的ぼっちは、言わずもがな『自らぼっちであり続け、友達を作ろうとしない』ぼっちのことである。平たく言うと俺だ。

 無駄に人に話しかけず、無駄な友情を育まない。あまり笑顔を見せなかったり、とにかく、何事にもあまり干渉しないのだ。

 受動的ぼっちは、何らかの要因でぼっちにされているぼっち≠セ。

 不細工だ、目つきが悪い、太っているなど見た目的な面から、悲観的だ、暗い、得な情報がない、誰も近付こうとしないからなど、性格的な面まで様々だ。

 こういうのは大概、『明るく振る舞い友人を作ろうとしたが、結局避けられた』というパターンが多い。普通、明るく振る舞えば友人は作れる。それが失敗したのだから相当だろう。

 さて。

 能動的ぼっちの俺は現在、放課後の無人の教室で独り勉強をしている。

 自ら『誰かがいる場所』を避けているのだ。俺は空気が読めるからな。

 放課後の教室というのは意外に穴場で、集中して勉強できる。誰もいないし。

 一時間くらい勉強しただろうか。

 あと一時間勉強して帰ろう、と考えていると誰かがやってきた。

 放課後教室に来るなんて珍しいな……。

 ガララッ、と扉が開く。

 そこにいたのは――


「お、雪原くん」


 ――藤原冬華だった。

「どうしたの、忘れ物?」

 そこそこ友好的な感じで質問。別にぼっち≠ノとって沈黙は苦しいものじゃない。だがしかし、天真爛漫であろう彼女にとっては、耐え難いものかもしれない。ぼっち°気を読み、気を遣うことでいきながらえるのだ。

「うんまあ、そんなとこかな」

 綺麗な声が響きわたる。

 ――って、いけないいけない。聴き惚れてる場合か! 恋慕を抱いてはならない。

「ねぇ、雪原くん」

「ん、なに?」

 よし、自然に言えた!

 相手をあまり意識しない言い方をすることで、能動的ぼっちは友情を育もうとはしないのだ。

「えっとさ……」

 彼女が近づいてくる。さも当然のように。

 おいおいちょっと待て。それ以上近づくなそれ以上近づくと他人との間にある距離をおかすことにアーーーーー! ……入って……きやがった……。

 補足説明をしよう。

ぼっち=\――特に能動的ぼっちには『自分の領域』がある。これは最初に説明した身体的な距離に相当して、その間を一定以上に離すことを目的としている。

 人に近づかない、ぼっち≠ェぼっち≠ナいるための行動の一つだ。

 それを、こいつは……一定以下の範囲に入ってきやがったのだ!


「……私と、ともだちになってよ」


 ……は?

「……えと、どういうこと?」

 なぜ頬が赤いんだなにが恥ずかしいんだ。……とは言わない。

「ほら、君ってともだちいないじゃん?」

「まぁ、そうだな」

 素っ気なく応える。ストレートに聞くなよ心が泣いちゃうだろ。

「だから私がなってあげてもいいかなー、って」

「んなこと言って、お前が友達欲しいだけじゃないのか?」

 少し言葉が辛辣になってしまった……。馴れ馴れしすぎたか?

「ぁぐ……」

 的中。やっぱこいつぼっち≠セったか。てかほとんどコミュニケーションとってない相手に狼狽えないのか、こいつは。俺はめっちゃ狼狽えてるが。

「まぁ別に、俺はいいけど」

 正直、悪い気はしない。俺だって友達欲しいし。

「うん、ありがと。あ、でも、ほんとのともだちじゃないからね」

「…………は?」

「私にだってともだちいることを見せつけて、近寄りがたいオーラをぜーんぶ消して、カレシを作ります。そしたら君は用無しです」

「アホか」

「紡くんさっきから物言いがひどくない?」

「友達なら許されるんじゃないのか」

「そうなの?」

「俺は友達がいないからわからんがな」

「え、紡くんずっとぼっち≠セったの?」

「……そんな驚くことか?」

「……やっぱ、ともだち、やめる?」

「その心は?」

「私も今までずっとぼっち≠セったので、人との付き合い方がわからんのです」

「う、それはマズいな」

「でしょ?」

「とりあえず、お前の言いたいことを纏めるぞ」

 まず、仮でいいので友人が欲しい。これは俺が役を担う。

 次に、彼氏がほしい。彼氏ができたら、俺は用済み。

 最後に、互いが友人との距離感を計りかねてるため、友達とはどういうものか理解できていない。

「こんな感じか?」

「うん」

「仕方ない。ここはマンガとかを真似て、『放課後を一緒に過ごす』ことから始めてみるか」

「おぉ〜、紡くん頭いいね」

「どうなんだかな。とりあえず、俺は六時まで教室で勉強しているが」

「じゃあ、金曜日以外は付き合うね。暇だし。めんどうだけど」

 本音を言うな。

「さいで。で、金曜日どうすんの?」

「私のショッピングに付き合って」

「お前の?」

「冬華」

「は?」

「ともだちなら、下の名前で呼びあおうよ。私は冬華。君は紡くん」

 さっきからそういうことか。

「わかった。じゃあ、冬華」

「うん」

「どこに何を買いに行くんだ?」

「ショッピングモールに食料調達を」

「わかった。金曜日は俺がそれに付き合う。これで友達成立だ」

「うん! ありがと〜」

 笑顔を向けるな! くそ、可愛い顔をしやがって……。

「お、おう。とりあえず、今日は残って一緒に勉強してけ」

「今日から!?」

「友達なんだ、早くしろ」

「うぅ……」

 こうして、俺、雪原紡のいろいろと前途多難な生活が始まったのだ。
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