Short Story in SD

□優越感に溺れた
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溺れそうだ。







どこからか黄蓋の怒鳴り声が聞こえてくる。そのあとには麗しきというか、目が離せない程お転婆な姫様の声。
ああまたか、と周瑜は苦笑する。親友の妹は年を重ねても、落ち着きが出てくるどころか一層快活になって、心配と言えば心配だが、そこが姫様らしいと思ってしまうのも事実。

その反面弟の方は物静かで争いを好まず、男らしくないだろうと同意を求められたらいいやと首を振れない。
姫様の行動力を見習って欲しい所だが、彼の優しさの表れである事を知っている。彼もまた親友と同じように、民を家族として大切に思っている。彼の勇気は家族と共にある。

ふと周瑜は思った。
姫様の行動力と若の大人しさを半分ずつ交換できれば丁度良くなるのではと。姫様はああやって黄蓋殿を困らせる事なく、習い事を抜け出さなくなるだろうし、若は武芸の稽古に今よりか積極的に取り組んで孫策と刀を交えたりできるかも。

いやしかしそれでは元々持っているお二人の良さが半減してしまうのでは、待てよそもそも互いが互いの足りないものを持っていてその二人がすぐ近くにいるのだから総合的に見れば良いあんばいなのか。
・・・やっぱりお二人はあのままで良いのかもしれないが、結局最初に戻ってしまったではないか。いやしかしあのままのお二人では・・・。



うーんと江東の智将は顔は真剣だが内容は平和的な悩みを頭の中で考えながら城内の庭を歩いていた。
と、稽古場に足を進めていた事に気付いた。悩んでいたら足が思わぬ方向へ歩を進めていたらしい。

そこに孫策の背中を見つけた時、苦笑した。私という者は、と。

いつから彼はここにいるのだろう。
こうして一人で黙々と稽古に励んでいる姿を誰にも見せず。

孫策と自分の時間が重なった事に、周瑜は喜びと、じわじわと湧き上がる優越感を感じていた。

心の中で笑みを浮かべている周瑜に、一段落ついたのか側の木にかけてあった手ぬぐいを取って顔を拭こうとした孫策が気付いた。
周瑜は身体を強ばらせたが、孫策には分からないはずだ。

周瑜か、と孫策はいつもの調子で名前を呼んだ。周瑜は肩の力を抜いて、彼に近づく。



「朝から稽古か」

「あぁ、刀を振りたくなってな。四騎衆たちに付き合ってくれと頼んだんだが俺の相手は務まらんと断られ、孫権は・・・言うまでもなく却下され。仕方なく一人で素振りだ」

「私に言えば良かったものを」

「お前はお前で仕事があるだろうと思ってな。それに、お前相手だと本気になりかねん」

「それはかえって光栄だよ孫策。次からは私に声をかけてからにしろ」

「助かる。昼過ぎから弓の稽古をやりたいと思っていたんだ。集中力を高めるにはやはり弓がいいと、黄蓋も言っていたからな。良いか?」

「無論だ。だが確か、午後から水害被害を受けた村への特別救済策についての会議があるのではなかったか?」

「…しまった、忘れていた。堤防が決壊して盆地の村が被害を受けたと言っていたな」



正直会議は苦手だ、と悪戯っぽく笑う孫策の顔が見られるのは自分だけの特権だと思っている。

戦っている姿は凛々しく猛々しく、一人で稽古に励む姿は静かで、苦手と言いつつ会議で自らの意見を述べる孫策の瞳は正義と優しさに燃え、しかし垣間見るあどけなさというか、子供っぽい所が周瑜には堪らない。
その顔を一番多く見ているのは自分なのだろうから。



「…なあ孫策。ふと思ったんだが」

「なんだ周瑜」

「私は幸せだなと」

「ん?どういう事だ」

「お前が背中を見せたり、本音を零したりするのは私ぐらいだろう?」



それが私にとっては幸福な事なのさ。

一瞬きょとんとした孫策は、手ぬぐいをもとあった木の枝にかけて言った。



「…そうだな。お前が背中を守ってくれるなら、俺は前を向いて戦える」



穏やかに言った孫策の顔を見て、周瑜は微笑んだ。
孫策が前を向くなら、その背中を周瑜に預けるということは、周瑜をその目に宿す事はないという事なのかもしない。

そんな暗い思いを抱いた自分を隠して、微笑む。元々叶うはずもない。
だから、今更何を思おうと言うのか。それでもいい。だって彼が変わらず目の前にいてくれる。周瑜を見る事がないとしても。

もう、自分は幸福である。この優越感だけで、周瑜は満足だった。
自分の奥底にある狂気を感じさせないように、感覚を麻痺させてくれる。麻薬のように。溺れていく。









優越感に溺れ死ぬ(狂気を殺してしまえたらもっと楽になれるだろうか)

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