Treasures
□夜鷹
1ページ/2ページ
「もーとーくさーん」
「…なんだ」
黒鷹の自分を呼ぶ声から彼女の意図が読み取れなくて、曹操は訝しんだ声で答えた。
空気の澄んだ夜であった。
「散歩しましょう」
「…は?」
「散歩よさーんーぽ。そんな呆けた顔しなくても意味分かるでしょう?」
「意味ぐらい分かる。だが意図が分からん。理由も目的も」
「散歩したいなーっていう意図、綺麗な夜だからっていう理由、もっと孟徳さんの事を知りたいっていう目的。これでいい?」
ふふっと笑って曹操を見る。相変わらず堅いわね、と扉の方へ歩いていく。
「まだ余は…俺は行くと言っていない」
「えー。じゃあ断る理由を教えてよ、目的も。あ、意図もついでに教えてもらえる?」
「…」
「そんな不機嫌な顔しないでちょうだい。私はただ、孟徳さんに知って欲しいし、孟徳さんを知りたいだけなの。ね?」
知られたくないと同時に、知られたくないと思っている事を知られたくない。
この女に悪意も企みもないのは、普段の態度を見て分かる。だが、踏み込むのも踏み込まれるのも避けたかった。
曹操は言った。
「…分かった」
「思ったより肌寒さは感じないわね。雲もない、綺麗な夜」
地上に見える家々の明かりは、星空の輝きを妨げる程ではなく、ただ静かに灯っていた。
三日月とも何とも言えぬ形の月が、黒い空に浮かんでいる。その周りには、様々な光を放つ星々。
山里の澄んだ空気が、夜空を包む。一層美しさが増しているかのように思えた。
「…散歩が好きなのか」
「えぇ好きよ。特に夜の散歩がね。今夜みたいな綺麗なだったら更に良いわ」
「向こうにいた時も、こうやって散歩をしていたのか?」
「そうねぇ…」
ひゅう、と夜風が吹く。
二人の足音しか聞こえない静かな夜に、一瞬だけ自然の音が加わった。
月光で艶めく髪を指で梳いて、黒鷹は言った。
「散歩はしなかったわ。夜はずっと家にいて、家族と会話もろくにしない。いつも一人で、寝る時間までどうやって時間つぶししようか、考えてばっかり」
つまらない、退屈な時間だったわ。
少し上の方を見ながら、黒鷹は言った。まずい質問だったか、と曹操は一瞬懸念した。
でも黒鷹は、すぐ曹操に視線をやって、くすりと笑った。
「こっちに来てから、夜が好きになったの。静かで、綺麗で、穏やかになれる。
一人で過ごす夜も好きだけど、こうやって好きな時間を、誰かと過ごすのも好き。
孟徳さんと散歩できて、凄く嬉しい」
また風が吹く。
顔にかかった髪を指で避けながら言う黒鷹に、曹操は次の言葉が出てこなかった。
黙った曹操を不思議に思ったのか、黒鷹はもう一度名前を口にした。
曹操ははっとして、次の質問をする。
「それで、どこに向かっているのだ」
「私のお気に入りの場所」
教えるの、孟徳さんが初めてだから。
悪戯っぽく、また笑った。