中編格納庫

□IZAYOI-1-
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悪魔の咆哮が聞こえる。それは一瞬の出来事だった。辺り一面が炎で焼かれ倒れてくる壁や柱。何が何だかわからなかった。ただ、恐怖で声も出ない。『誰か助けて・・・お父さん、お母さん・・・神様、助けてください』鼻につく焼け爛れた匂い。この時、俺は意識を手放した


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ぼぅっとする中、瞼をゆっくりと開くと天井には小さな明かりがあった。
見たことが無い景色だ。自分の家であれば木でできた天井が見える筈だ。しかし、よく凝らして見ても知らない明かりが小さく灯っている。

顔を動かそうとするものの、意志とは反してまったく動かない。動かせと頭で命令するものの、重くなったカラダは言うことを聞きそうにない。どうしてしまったのだろう。こうなる前の状況を考えて見るが、頭に霞み掛かっていて思い出すことができずにいる。

それにしても先ほどから鼻につくこの匂いは何なのだろう。微かに香るのは甘い匂い。甘く、切なくなる匂いだった。そして、芯が痺れるように欲する匂い。知らず匂いの渦に飲み込まれて行く。意識の無い世界への誘いは甘く抗えないものだった。





「おーい、グレイ?」

呼ぶ声にハッとして声のする方へ顔を向けた。桜色の髪をフワフワさせたナツが不思議そうに顔を覗かせてくる。

「どうした?浮かない顔して」

心配そうに顔を寄せてくるナツの顔を手で押し返す

「なんでもねーよ」

「そうか?」

コイツは意外と俺のちょっとした変化に敏感だ。それを知られたくないために俺は不敵な笑みを作り挑発する。頭に血が上ると手が付けられなくなるのは今も昔も変わらないから俺は挑発するのを止めない

「んだよ、クソ炎。お前が近づくと暑苦しいんだよ」

「んだと?人が心配してっのに」

すんなり乗ってきたな。思いっきり身体を動かしたかったから丁度良い。

「うっせーんだよ。炎だだ漏れ野郎」

「やんのか!変態パンツ野郎!」

ギルドの中では基本、魔法は使えない。そのため、拳を使っての喧嘩になるが、これがまたストレス発散になって気持ち良い。ナツもそれが分かってなのか、ワザと突っかかってくる事がある。何にせよ今はあの怖いエルザもいないし、騒ぐだけ騒いでやろう。

血気盛んなギルドメンバーもこれ見よがしに囃し立て、あちこちが喧嘩が始まっていく。

やはり、このギルドは楽しい。自分の居場所があるのは心を穏やかにしてくれる。

俺はナツに掴みかかり至近距離で拳を振り上げた。その腕を素早く捕まれ床に叩きつけられた。それと同時にナツの顔が近づき頭突きをされた。額に激痛が走り呻きながら左ストレートを決める。

掴み合いの喧嘩をしていた筈なのにナツが俺の顔の近くで止まっている。不思議に思い目で追うと俺の首元の匂いを嗅いでいる。抑え込まれたままの形でそんな事されてるのが他の奴に見つかりたくない思いで、両足をナツの腹に掛け突き飛ばした。

「いってー・・・」

背部を思いっきり壁にぶつけたナツは背中を摩りながら立ち上がり、俺のところまできた。

「おい、グレイ。なんか甘い匂いがすっぞ?」

俺はつい呆けた顔をしていたに違いない。鼻がいいのは知ってるが、甘い匂い?俺にはまったくわからなかった。

手を引かれ立ち上がってみるとナツがやはり心配そうに覗き込んでくる
思わず赤くなる顔を見られたくないがためにソッポを向くが既に見られているので意味が無い。「何かあればすぐに俺に言えよ?」といいながらナツはハッピーを呼んで離れていった」

それはナツなりの思いやりなのか、俺が真っ赤になった時点でさり気に引いてくれるのだ。それも長い間の俺らの関係に起因している。その優しさがむず痒いものの、俺がアイツから離れたくない理由の一つに入るのかもしれない。

「甘い匂いか・・・」

心当たりが無いわけではないが、夢かと思っていたので、どうも腑に落ちない思いで自分手を首筋にあてた。



あの時、俺の心の叫びは届いていたのだろうか

『助けてください・・・神様』
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