パラレル小説
□籠の外は籠だった
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それは本当に偶然だった。
俺はいつものようにごねる青峰っちを引っ張り、ニワトリみたいにうるさい緑間っちの口をチャックして、あ〜あ今日も疲れたなんてアホ面をしていたときだった。
見慣れない赤が目の前をかすめた。
何事かと思ったらそれは別棟に暮らしている仲間だった。服の色がこっちは黒、向こうは白と決まっているからすぐにわかった。
何やら重役らしいいかにも偉そうな恰幅のいい男の後ろをついていっている。
赤い髪。もしかして。
期待に胸が踊る。それと同時に戦慄が走る。
胸に緩やかな膨らみがあるため、女だとわかった。それと同時に珍しいとも。
大抵ここに売られてくるのは男だ。
女は男に比べて非力であるため、戦闘には向かない。そのため、男に比べてはるかに買値が安いなんてイヤな話も聞いている。
実際戦りあったらそれこそ手応えなんて何も感じないだろう。
けれど彼女は、そういう感じではなかった。
本当に不本意な話なのだけれど、すごく嫌悪を感じていた血のにおいが、ひどく芳しいものに思えた。
少し、近づいただけなのに。
ああ、そうか。
彼女が、赤司――――
彼女はこちらを見ようともせず、ただおっさんの話を聞いていた。
ウンともスンとも言わない代わりに、冷ややかな殺気を微妙に纏わせていた。
遊んでいるのだ。
この殺気に気付けるのか。
それとも温室で高みの見物を続けていた恩恵で、その殺気を尊敬と取り間違えるのか。
このゲーム、勝敗はもう決まったようなものだ。けれどわざわざ赤司は殺気を強める。面白くないらしい。それでも気付かない相手にさらに殺気を強める。
楽しんでいるのだろうが、見てるこっちからすれば心臓バクバクドキドキハラハラものだ。
バレたらどうするつもりなのだろう。それなりに罰が与えられるはずだ。前に青峰が面白半分で自分に聞かせた拷問話を思い出して思わず心配してしまった。
人は自分が優位に立つと遊び出す。
青峰を見て思ったことが、これほど笑えないことだとは思いもしなかった。
はじめの殺気は自分だからこそ感じられるものであったのに、今では子供でも分かってしまいそうなほど、凍てつく殺気を放っている。
それでも気付かないなんて・・・
あんなのが自分の上に就いていると思うと、正直やりきれなかった。
あんなのが毎日自分達を追い込み、あんなのがそれを見て笑い、あんなのが良い暮らしをしているとか。
腹が立つ。
殺してやりたい。
どうせこんなところだ。
人一人死んだって誰も気にしないし、誰がやったのかもわからない。
それ自分は貴重な存在だ。バレたって大事にはならないだろう。
思い立ったが吉日。
さあ殺ろうと思った瞬間、比べ物にならない殺気が自分を襲った。
今まで感じたことのない、それでも本能が警告するずっと忘れていた感情。
なんていうんだっけ、こういうの。
ああ、そうだ。
これは、恐怖だ。
そしてこれは、牽制だ。
彼女は振り向き、とても綺麗に口元を歪めた。
あ、と思った瞬間、
そこは一面彼女の色で染まった
「なっ・・・・」
一体何が・・・・
突然すぎて何が何だか分からない。
客観的に現場を述べるなら、おっさんが鋭利な刃物で切り裂かれたように首から血を流し、死んだ。ただそれだけのことなのだ。
今までいくつもの死を見てきた。
見慣れ過ぎて飽きていた。
それなのになぜこんなに自分は怯えているんだろう。
キセキの世代とさえ呼ばれている自分が。
そこまで考えて、あっ、と思った。
そうだこの異常な血の量だ。
今まで大抵死んでった奴は内臓破裂とか、頭蓋骨骨折だとか、そんな理由で死んでったから、こんな大量の血を一度に見たことがなかったんだ。
理由はそれだ。
じゃあなぜ?
疑問は再び湧き上がる。
肉弾戦が主流のこの場で、彼女はこんな方法で人を殺せた?
いくら鍛えているとはいえ、こんなのありえない。
超能力でもあるというのだろうか。
すると彼女はいたずらっぽく笑ったあと、アメを転がすような声でこういった。
「それじゃあ答え合わせをしようか」