スクアーロ

□きみの名前は?
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――…あっ!スクアーロ隊長。



ヴァリアーへ来て、何度、この言葉を心の中だけで呟いただろう?

どんなに遠くに居ても、どんなに騒音の中でも、スクアーロ隊長の声だけはしっかりと拾ってしまう便利な耳に、声をキャッチすれば素早く隊長の姿を見つけ出す便利な目。
今の所スクアーロ隊長にしか敏感に反応しないこの器官に、無限の可能性を感じて、私は日々鍛錬を怠らない。
な〜んて、もっともらしい事を言ってみても、理由は実は他にある。


ヴァリアーへ入隊したばかりの、ペーのペーたる、ペーペーの私は、先輩隊員達と情報収集や、小規模なランクの低い任務等を日々こなしていた。
どんなデンジャランスな任務を言いつけられる事かと思いきや、意外にも入隊したての私に合わせた任務ばかりで、尚且つ、先輩隊員達がとても良く、面倒を見てくれていた。危険過ぎる任務に、初っ端から死んじゃったりして。なんて事も思っていたので、ホッと胸を撫で下ろした私は、先輩方に迷惑を掛ける事が無いよう、一生懸命に自分の任を努めた。

ヴァリアーは5つの小隊で構成されている。本当は6つらしいのだが、雲隊は雲の幹部の方が不在の為、実質存在はしない。嵐、雨、晴、雷、霧。それぞれのヴァリアーリングを持つ幹部の方が長を務めている。中でも雨のスクアーロ隊長は、幹部の方々を纏めるリーダー的存在で、ヴァリアーNo2との呼び名も高い。
ヴァリアーへ入隊した際に、波長が雨だからと、私はスクアーロ隊長率いる雨隊に配属された。
とは言え、ペーペーの私が幹部の方と接点がある訳も無く。雲の上のような存在に特にこれと言って思う事も無かった。ただ、先輩隊員の話を聞く限りで、ぼんやりと、ただ凄い方なのだ。とだけ思っていた。
ある日、雨隊総出の任務があった。いつもと違う中規模作戦に、私の緊張はピークだった。
ペーペーの私の相手は、同じく敵方のペーペー。数に物を言わせてワラワラと出てくる彼等を次々に倒す事が今回の私の役目だ。曲がり形にも私もヴァリアーなので、其処らへんのマフィア達には負けない自信がある。しかし、如何せん私は女だ。普段行っている小規模な任務ならまだしも、この中規模作戦での敵の多さに、男と女の体力や持久力の差は少々難があった。
湧き続ける敵に、呼吸が乱れる。その疲労は、反射神経を鈍らせる。


『(――ッ!殺られる!)』


背後に気配を感じ、振り返った時にはもう遅かった。
敵の得物は目前に迫り、あまりの出来事に全てがスローモーションで再生されるのに、身体はピクリとも動かなかった。死にたくは無かったけれど、これもこの世界に身を置く者の宿命だと、心の奥で自分の人生を諦めた。


「ゔお゙ぉい!ボサっとしてんなぁ゙!」


諦めて全身の力を弛めた時、耳元でそんな怒号が響いた瞬間、私は宙を舞っていた。
いや、正しくは後ろへふっ飛ばされた。壁に衝突し背中に走る強い衝撃に一瞬息が詰まるも、スローモーションだった周りの景色は、再び元の早さで再生される。
そんな私の目の前に広がっているのは、スクアーロ隊長の長い銀白色の髪の毛だった。
戦場となっているこの場には似つかわしく無い程に、キラキラと光を反射させ、サラサラと得意げに髪を靡かせる隊長は、私の状態をチラリと確認し、直ぐに周りに居る敵に剣を滑らせた。


「ウチは万年人手不足なんだぁ。簡単にくたばるんじゃねぇ。」


そう言って、あっと言う間に周りに居た敵を殲滅させるスクアーロ隊長。隊長みたいな凄い方が、態々ペーペーの私を助けてくれた事に驚愕し、その鮮やかな剣捌きにただ感動して、目を見開いていた。そんな私に、再び隊長の怒声が投げられた。


「ゔお゙ぉい!聞こえたんならとっとと立ちやがれぇっ!」


『うあっ、は、はいっ!!』


スクアーロ隊長の喝によって、なんとか力を振り絞る。
そんな私を確認して、隊長は他の隊員達に声を掛けた。


「任務は完了だぁ!後はこの残党共をとっととかっ捌くぞぉ!」


スクアーロ隊長の言葉に、疲労の色が見えていた隊員達の士気がみるみる高まった。
その後、残党の半分以上はスクアーロ隊長が斬り伏せて行き、任務は無事完了した。
初めての中規模作戦に、初めてのスクアーロ隊長率いる多人数での任務。
初めてづくしの私はもう心身共にヘトヘトになっていた。そんな私に帰りがけ、スクアーロ隊長は再び声を掛けて下さった。


「筋は悪くねぇ。ただ、もっと体力をつけろぉ。」


そう言って、私の頭をクシャリと撫でて、隊長は足早に去って行った。
後から聞くと、この後も隊長は任務を控えていたらしい。鬼のようなタフさだ。
でも、この一件で、何となく雨隊の先輩方の面倒見の良さの理由が分かった気がした。
スクアーロ隊長自体がそうで、隊のみんなに尊敬されているからだと思う。
だって、こんな末端の私にまで気を配り、任務の手助けに助言までして下さるのだ。
嵐や霧では、想像も出来ない。


『……私、雨隊でよかったなぁ。』


ポツリと呟いたこの一言に、私の隣に立っていた先輩隊員が、誇らしげに笑顔を浮かべたのが凄く印象的だった。


この日以来、折角の隊長直々の助言を生かす為、私は日々鍛錬に勤しんでいる。
それと、もう一つ。あの日私を助けてくれたあの逞しい背中をつい、探してしまうようになった。それが、恋心なのか、憧れや尊敬の念なのか。今は検討も付かないけれど、つい、姿を見つけると目で追ってしまう。声が聞こえると反応してしまう。
私が隊長を見つめてしまうくらい、もっと隊長にも私を見て欲しい。認めて貰いたい。
出来る事なら、後ろでは無くて、肩を並べられるようになりたい。


『――ッ、はぁ…。』


アジトの周りを体力作りの為せっせと走り込んでいた私は、自分に課した今日のノルマを終えて、バサリと芝生の上へと寝そべった。見上げた青空は、ひどく澄んでいて高い。
どこまでも高い空を見つめながら呼吸を整えて入れば、最近気になって仕方の無い声が空から降って来た。


「最近よく頑張ってんじゃねぇか。」


『ス、スクアーロ隊長!』


慌てて立ち上がろうとする私を制して、何故か隊長まで芝生の上に腰掛けた。
突然の事に驚いたけれど、嬉しさの方が増して行く。
緊張でオドオドしながらも、いつか隊長とまた話せる機会があれば、言わなければ!と、胸に誓っていた言葉をあわあわと口にする。


『あ、あの隊長!前回の任務では、助けて下さりありがとうございました!!』


私の勢いとは真逆にスクアーロ隊長は顔色一つ変える事無く、「そんな事もあったかぁ?」と呟いた。覚えていらっしゃらない事に、少し胸を痛めるも、隊長もお忙しい方なので仕方がないと言葉を続ける。


『はい。恥ずかしながら、あの時私は命を諦めていました。そんな私を隊長は救って下さり、助言までして頂いて。それなのに、御礼を言う事が出来ませんでしたので…。』


そこまで言って、もう一度感謝の言葉を口にして深々と頭を下げた。
暫くして顔を上げた私をスクアーロ隊長はジッと見つめていた。


「……助言をしてやった所で、それをどうするかは自分次第だ。努力を怠らない奴は嫌いじゃ無ぇ゙。」


トクンッ。と、一際大きく私の胸が高鳴った。
そう言ってのけたスクアーロ隊長が、なんというか少し嬉しそうな表情をしていて。
いつもの眉間に皺を寄せている顔とは違って、元々の見目麗しい御顔もあって、私は自身の顔が熱くなるのを感じた。
こうやって、話が出来る事自体が私にとっては物凄い事なのに、そんな顔まで見せられて、とうとうテンパってしまった私は、とんでもない事をつい、口走ってしまった。


『わたし……私はッ!頑張れば隊長と肩を並べられるくらいになれるでしょうか!?』


言った瞬間、後悔した。なんておこがましい事を口にしてしまったのか。
スクアーロ隊長と肩を並べる!?それを目標にする事は悪い事では無いけれど、けして口にしてはいけない。しかも本人の前でなんて以ての外だ。天と地以上の力の差があるのに、本当、なんて生意気な発言をしてしまったのか。
スクアーロ隊長の顔を見るのが怖い。でも、全然反応してくれない隊長が気になって仕方がなく、チラリとその表情を伺ってみる。


『(絶対怒ってるよ!並ぶどころか、これ、私の人生今、詰んだくね!?)』


頭は余計にテンパって行き、謝罪の言葉すら出て来ない。
ヤバイ、ヤバイ、どうしよう。気持ちだけはどんどん焦って来る。
冷や汗だらっだらで、信じられないくらいにドキドキしている。自分自身が心臓にでもなってしまったようだ。現実を直視出来無くてギュッと目を瞑ると、すぐ側で隊長の動く気配を感じた。


『(もうダメだ…!)』


閉じる瞼に益々力を込めると、自然と、全身がギュッと強張った。
もう、自分が生きているのか死んでいるのかも分からないような感覚の中、スクアーロ隊長のその大きな手で、頭をガシリと掴まれたかと思えば、何やら髪の毛をわっしゃわしゃと掻き混ぜられ、その反動でグルグルと円を描くように揺れる上半身。
慌てて瞳を開けるも、グルグルと回る世界で、隊長の姿を上手く捕える事は出来なかった。


『た、たいちょう!?……うああああ?』


どうすりゃいいんだ、この状況!なんて考えていると、ふいに隊長が立ち上がった。
グルグル地獄から解放された私は、若干うっぷと酔いながらも、フラフラと視線を隊長に移す。
太陽を背にして、その表情を陰らしているスクアーロ隊長は、覚束ない私の脳みそが誤作動を起こしていなければ、ニンマリと普段見る事が無いような笑顔を浮かべていた。
私はその表情に、ただ見惚れている事しか出来なかった。


「ゔお゙ぉい、右でも左でも、空いている内にとっとと駆け上ってくる事だなぁ。」


そう言うと、最後に私の頭をポンポンッと、軽く撫でてスクアーロ隊長が私に背を向けた。
徐々に開いて行く私と隊長との距離には、様々な意味が含まれているような気がした。


『で、できればっ!』


突然声を上げた私に、何事かとスクアーロ隊長が振り返る。


『出来れば、右側が希望ッ!……デ、ス。』


考えるよりも先に言葉が出てしまっていたので、自分でも何を言っているんだろうと、言葉の意味を言ってから理解した私は、徐々に声のトーンを落としていく。
今日はなんというか、失態だらけだ。
隊長がどんな反応を取るか、待つしか出来ない私はジッとスクアーロ隊長を直立不動で見守っていた。すると、隊長はまた、にんまりと笑ってこう言ったのだ。



Come ti chiami?

きみのなまえは?




『へっ?え?えっと……』

「ゔお゙ぉい、耳付いてねぇのかぁ゙!?」

『魚!魚です!』

「魚、待っててやるから、とっとと来い!」

『は、はいっ!』







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