夢小説

□四章
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-元治2年9月-



 千鶴と出会ってから、もう1年半。

 土方は不意に、ぽつりと呟いた。



「八木さん達にも世話になったが、この屯所もそろそろ手狭になってきたか。」



 隊士の数が増えてきたのは事実。

 まだまだ増えるだろう。

 今も藤堂は江戸へ出張して、新隊士の募集を頑張っている。

 が、残念ながら屯所の広さにも限りがある。

 そこで、土方が目に付けたのは西本願寺。

 無理を押し通して、新選組の屯所を西本願寺へ移すことが出来ると、前の八木邸よりも広々とした生活に変わった。



 日が傾きだした頃、屯所の廊下で出会った。

「あら、藤咲助勤。

 こんなところで会うなんて、奇遇ですわね。」

 この人は、伊東甲子太郎参謀。

 新たに入隊した大幹部。

 藤堂と親交があるらしい。

 幹部達からの評価は決して良いものではなかった。

 喋り方、仕草、いや人柄だろうか。



 この人が来てから、屯所内の雰囲気は最悪だった。

 腕の治らない山南はますます居場所を失くし、変若水に手を出し、羅刹になってしまう始末。



「近藤局長は、どこにいらっしゃるかご存じで?」

「それなら、おそらく副長のところかと…」

「そう、ありがとう。」

 …………。

 伊東は一向に動き出す気配がない。

 あの、伊東参謀…、と言った時。



「あなた。

 とても整った顔立ちね。」

 不意に顎に手を掛けられ、舐めるように八雲を見る。

「副長もいい男だと思うんだけど、あなたは私好みの…」

 伊東との顔の距離が近くなる。



 その時。



「伊東さん。」

 声の主は斎藤だった。

「局長がお探しになってます。」

 あら、そう、と言って、何事もなかったように、では、と短く会釈をしてこの場を立ち去る。



 伊東がこの場を立ち去ったので、八雲も歩み始める。

「…八雲。」

 が、斎藤によって引き留められてしまう。

「何、一君?」

「何ではない。

 伊東さんと何があった?」

「何も。」

 事実である。

 伊東が何をしようとしたかは知らないが、まだ未遂である。

「私、もう行くね。」

 私は斎藤から逃げるように歩きだした。

 八雲、と私を呼ぶ声がしたが、それを無視して。

 別にやましいことをした訳ではない。

 斎藤にあの現場を見られたことが、心の中を何かもやもやした感情で占められる。



 この頃から、伊東が必要以上に自分と接するようになっていく。

 私は新選組がこの人を置いておくことを決めた以上、余計ないざこざは起こさないように、ただこの人が私の前から去って行くのをひたすらに待つ毎日だった。



 斎藤とは、あの日から妙な温度差を抱えたままだった。

 しばらくの後、伊東を筆頭に藤堂、斎藤らは新選組を抜けた。



 それっきり、伊東にも、斎藤にも会うことは無くなった。
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