三国書物庫

□その、手の平
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今だ目を覚まさない恋人、戦の折に深手を負わされ、その後意識を失ってしまったのだ。
長坂の英雄などと詠われた男が、標的にされるのは目に見えていた。
強いものを仕留めれば武勲が上がる。
敵兵が血眼で子龍を探すのを警戒はしていた、しかし、戦に関しては己の意思を譲らない男。
陰ながら守ろうとしていたが、守り切れなかった。
所詮、二人は二人でしかなく、体も一つでは無いと思い知らされた。
「医師に問うのも失礼だと思うが、良いか?」
懸命に治療に励む医師に問う。
「何なりと。」
「こいつは、大丈夫なのか?目を覚まさぬのではないか??」
「心配されるお気持ちは分かりますよ。まずは趙将軍のお怪我の回復が先です。」
代わる代わる訪れる武将達に何度も同じ回答をされているのか、言葉に苛立ちが滲み出ている。
「兄上」
「何だ?岱。」
「今は、先生の言葉を信じ、回復を祈りましょう。先生もお疲れでしょう?部屋の支度は出来ております。」
医師は立ち上がり、背中越しに孟起に伝える。
「戦で疲れておるのですから、馬将軍も休まれよ。近いうちに目を覚まされますよ。」
「あ、ああ。」
孟起は素直に従い、子龍の眠る寝台の横に寄りかかる戸、しらみかかる空を眺めていた。
毎晩の様に愛を語り合い、二人で眺めた空,孟起は手で両目を覆う、指の隙間から一筋、また一筋と涙が零れ落ちる、緊張の糸が途切れ、孟起はいつしか眠りについていた。
+++++++++++
「殿、お気をお沈め下さい!」
「趙雲はまだ目覚めぬのか!?」
劉備は苛立ちを隠しきれずに怒鳴る、諸葛亮は羽扇で口元を隠したまま静かに答える
「あれほどの深手を負っているのです。生きているだけでも、感謝せねば...。」
劉備も諌められ我に返ると頷いて玉座に腰を落ち着けた。
「しかし、私は不安なのだ..雲長や翼徳のいない今、そなた達が一人でも欠ければと...」
諸葛亮は微笑み。
「大丈夫ですよ。皆そう簡単には朽ちたりはしません。私もおります。」
「そう...だな。お前の言葉を信じて待とう。」
「彼も、頑張っておりますし、馬超殿が付いていますから。」
「そうだな。」
「岱殿も、兄上の事頼みましたよ。」
「御意。」
諸葛亮は劉備に優しく微笑んだ。
(私も先は長くない。ですが貴方には、貴方の糧に成れる者達がいるのですよ.殿。」
心の中でそう呟く。
「長坂の英雄である彼なら、大丈夫ですよ。」
武勲・名声・二つ名。名誉でありながら、それが敵を呼び、増やしもする。
(早く、目を覚ましなさい、趙雲殿。)
+++++++++(声がする・・・孟起?)
体中が焼けるように痛む、記憶の糸を手繰るのは時間を要した。
額に冷たい心地よさを感じる、喉を熱い息が通過していく。
(体が動かない)
徐々に視界が開けると、誰かの背中が映り込み、その肩越しから孟起がこちらを凝視している。
「おい!目覚ましたぞ!!」
誰かに押さえつけられている、目を覚ましたけが人にしがみつかれては堪らない、岱の心配りのようだ。
「兄上!趙将軍は意識が戻られたばかりなんですから!お止め下さい!!」
凝視していた瞳から大粒の涙が零れている、
「心配したぞ!!」
何とか声を絞りだす、しかし焼けているようで出てこない。
孟起は満面の笑みで答える。
「良かった。ホンとに良かった。」
「何もせんからどけ!」と岱に怒鳴りつけ寝台の脇に座り込む。
「一週間だぞ,どれ程心配したと思うんだ。馬鹿。」
「兄上、飲まず食わずで。手を焼きましたよ。」
岱はため息混じりに言う、
「やはり暴れ馬の調教は趙将軍で無いと、無理ですね。兄上、まだ熱が高いのですから、休ませてあげてくださいよ。」
「わかったが、誰が暴れ馬か!!岱!!」
「趙将軍。」
孟起の騒ぎなど眼中に無いという態度でいる。
「落ち着いたら、暴れ馬の話させていただきますね」
「だーかーらー誰がだ!!」
「馬孟起以外に誰がいますか!!」
「あ〜楽しい」と言いながら岱は部屋を後にした。
笑おうにも声が出せない、顔が引きつる。
(参ったな、これでは話も出来ない。)
散々喧嘩を楽しんだ孟起が戻って来る。
「岱の奴め。」
瞼が重くなり、眠気が襲う。
布団の上の手を掴み目を閉じる
「眠いのか?ちゃんと、目覚ませよ。」
優しい微笑と言葉が子守唄になるかのように子龍は再び眠りに落ちた。
孟起は子龍に握られた手を見つめ呟く。
「全てを守れなくても、命に代えても、お前を守っていくからな。だからお前はいつも前を向いていろ。」
この掌が、温かくあり続けるために。
この笑顔が常に傍に在り続けるために。
そして、この愛が在り続けるために____.
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