三国書物庫

□君が此処に居ること
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ただ、途方に暮れ立ちつくしているのは、蜀の武将趙子龍だった。
戦を終え、出来れば殺すのは避けたい所だが、どうしても捨て置けない雰意気に張遼は頭をかいた。
ふと,子龍の足元を見るなり言葉を失う。
「貴殿を、趙雲殿とお見受けする。」
子龍は静かに張遼を見る。その顔は絶望以外のものは浮かばない。
手に握られた槍が宙を舞う。
「悲しいことだ、武でしか答えられぬとわ。」
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あの日、子龍の足元には屍が有った、なんとなく感じていたのは、大切な人を亡くしたと言うこと。
戦友ではない,愛しい人。
槍を振りかざし向かって来た後、意識を失ってしまい張遼が城へ連れてきた。
戦の傷跡は子龍の心に深く刻まれ、目を覚ました後も只朦朧と寝台の上に居るだけの置物の様だ。
「子龍殿は、食事はいかがなされた?」
侍女に問うも返答は首を横に振るだけだった。
「ふむ。少し、話をしてみよう。下がれ」
侍女は頷きその場を去る,張遼は深いため息を吐きながら扉を開けた。
「子龍殿。」
宙を彷徨う瞳が張遼を捉え、初めてやんわりとした笑顔を見せる。
「お待ちしていました、張遼殿。」
気力が強いのか、差ほど顔色も悪くない事に張遼は安堵し、子龍の寝台の脇に椅子を運び座った。
「食事を,摂られておらぬようだが?」
「全て、お見通しですか、ですが。」
「何だというのですかな?」
「何故、貴方に刃を向けた私などを生かしておくのですか?あの時、討たれても可笑しくは有りませんでしたのに。」
張遼は,綺麗に整えた顎鬚を触りながら微笑む。
「貴殿に託された想いを。無駄にしてはならんと、過の武人が言っていた。」
過の武人、あの日子龍の足元の屍は馬孟起であったと聞いた、それ故に子龍の心を掴もうと出たものだった
「孟起。」
子龍の瞳から涙が伝い落ちる、
「孟起殿は、貴殿の恋人ではないか?」
心に問いかけるように説いてみる、子龍は黙って頷く
「ならば、貴殿は彼の分も生きねばならない。この先幾度となく苦難を乗り切らねば成らないからな」
「しかし!!」
「想いを、語り継いで行かねば、貴殿も孟起殿もいずれ存在が風化してしまう。大切なら貫かねば。」
張遼は、今まで頑なに閉ざして来たものを初めて吐き出した。
「聞いてくれぬか?」
子龍は頷き、張遼は話始めた。
「呂布殿は、覚えているか?私は,嘗てあの方の元に身を寄せていた。」
呂布の大きな存在、共に武を追い求め歩んできた日々の事、何時しか心が通い互いに無くてはならない存在になった、正にその時曹操の率いる大軍団が下批に攻め入り呂布は敢無く打ち首にされた事
「私にとって、呂布殿は、大切な御人だった。」
子龍は俯き聞いていた、布団に涙を零し,幾つもの染みを作っていく。
「目の前で、大切な人が死んで逝くのは耐え難く辛い。だが、今私は仇である殿のもと身を寄せ、生きている。いつか、あの方の求めた武の高みを目指す事が私に架せられた意思だ。」
裏切りは生きるため、この想いが潰える事の無いように。
子龍は顔を上げ、張遼を見つめる。
「ならば、私は生きて行かねばならないと。」
張遼は頷き、肩を叩くと立ち上がる
「すこしずつで構わん。貴殿の思うが儘に生きよ。」
その言葉が子龍の中に重く響いた、劉備が目指し、それに確かな希望を持って生きてきた。
それは時に強さを、力を与えてくれた。
扉の閉まる音と共に張遼は去り程なくして侍女が食事を運んできた。
「張将軍より頼まれました。まずは体調を整えよ
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