In the end

□始
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ヒロイン視点



『牧野さーん、スイカ食べますか?』


7月も終わるころ、教会に足を運んだ私は目的の人物を呼ぶ。


「スイカですか…もうそんな季節なんですね」

『いや結構前から暑かったでしょ、もうすぐ8月ですよ』

「はは、そうですね」

『そうですよ。本当、よくそんな服着てられますね。見てるだけで暑いです、脱いでください』

「…貴女はもうちょっと着てください」


教会の中は独特のひんやりした空気がある。
けど、それを持ってしても暑いのだ。
この、夏の昼時というやつは。

見てるだけで暑いと私に詰(なじ)られたのは、黒い修道衣を纏う村の求導師様。
もうちょっと着てくださいと嗜められたのは、キャミソール姿のしがない農家の娘。

さっきから牧野さんは視線を落ち着かせず、私を直視しないようにオロオロしていた。
…キャミソールでこれだけ狼狽えてくれると可愛い気もしてくる。
牧野さん、水着なんか見たら鼻血出すんじゃないか。


『畑仕事ばっかりでお洒落する暇無いんですから、ここへ来る時くらい可愛い服着させてください』

「別に駄目と言ってるわけじゃ…」

『じゃあなんですか、20も半ばのキャミソールワンピースなんて目が腐るとでもいいますか?あれはティーンズしか許されないと?』

「いや、あの、そんなことは…」

『……』


さっきにも増してオロオロしている彼が、ちょっと可哀想になった。
村人からは求導師様ー、求導師様ー、って慕われてる人だから、こんな詰め寄られることないだろうし。
村人や八尾さんが見たら私が怒られるんだろうな。…だから八尾さんのいないお昼を狙ってくるんだけど。


『牧野さん』

「は、い」

『冗談ですよ。貴方がちょっとでも可愛いって思ってくれたらいいと思っただけです。さ、スイカは切って来たんで食べましょ?』


教会の一番奥の席に進み、背負っていたリュックをおろした。
中から、サイコロカットのスイカが詰まったタッパーを取り出す。

未だにあの、とか、その…とか。頑張って言葉を紡ごうとしてるが全く出てこない牧野さん。
隣の席をポンポンと叩いて着席を促し、フォークとスイカを差し出せば


「うわぁ…綺麗な色ですね!」


喋れるじゃん。
目を輝かせて「食べていいんですか」の視線を向けられる。
どうぞどうぞ。


「冷た!…っ、甘い」

『温いスイカは美味しくないから、冷やして来ました』

「わざわざありがとうございます、本当に美味しくですねぇ…もう1ついいですか?」

『1つと言わずに。タッパーごとあげますって』

「あ、でも、貴女の分が…」

『私こそ1つで十分です。家にゴロゴロあるんですから』

「じゃあ…お言葉に甘えて」


もぐもぐとスイカを頬張る姿が可愛い。
…いや、私と同じく20も半ばの男に可愛いはどうかと思うんだけど、可愛い。


『…スイカは食べれるんですね』

「え?」

『先週来たときに、食欲無いって言ってたので』

「まさか気を遣って?…ありがとうございます」

『どういたしまして。あ、でもスイカはほとんど水分ですからね。出来るだけご飯食べてくださいよ』

「はい」


ふにゃ、と。柔らかい笑顔を向けられて。朝から畑で齷齪した甲斐あったというもの。
シャクシャクと小気味良い音を立てるスイカを楽しみながら、私もつい笑顔になる。


『じゃあ、元気な牧野さん見れたことだし、帰ります』

「え、もうですか?」

『スイカ農家は今繁忙期なんです。出荷ように選別作業しなきゃいけないんで』

「そうですか…」

『もっと私と居たかったですか?』

「え、あ、あの、」

『冗談ですって。またスイカ持って来ますね、飽きたら言ってください』


リュックを背負い直して、またね、なんて手を軽く振ったら。
その手をガシッっと捕まれた。


「あ、の、スイカ、美味しかったです。また、楽しみにしてます。あと、貴女と、会うのも…」

『…!』

「それから、う、あ、あの、かわい…い、です。その、キャ、キャミソール」


モゴモゴマゴマゴ、一生懸命吐き出し切った彼は。
ハッとしたように慌てて手を離し、そのまま教会の裏手へ逃げようとする。
今度は、私がその手を掴んだ。


『ありがとう、牧野さん』


ずっと、言おうとしてくれてたんだね、その台詞。
頑張ってワンピースなんか着た甲斐があった。


『私は、牧野さんに会うために教会に来るんです。…スイカが無くても、来ていいですか?』


努めて明るく、深い意味はないように告げたつもり。
けど彼は真っ赤になって。


「な、あ、ま、待って、ますっ、いつでも!」


と、精一杯どもりながら返事をくれた。



(あーもう、熱中症になりそう)


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