In the end
□始
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牧野視点
彼女が教会に初めて来たのは去年。
農業をするために、放棄されていた農地を買い取って引っ越してきたと挨拶に来た。
『この度村に引っ越してきた白崎花音です』
「ようこそ。求導師の牧野慶です。何か不便がありましたら、いつでもご相談に来てください」
『ありがとうございます』
「農地を買い取って…とのことですが、農家さんなのですか?」
『はい。スイカ畑にしようと思いまして』
春先はせっせと土作りをして、初夏には苗植えを一人でこなしていた。
…見渡す程ある畑だというのに。
私がそれを知っているのは、教会の周りや、檀家さんの家への挨拶で道すがら見えるからである。
見えているだけで、夏が終わるまで話したこともなかった。
『牧野さん、今お時間あります?』
「…貴女は、スイカの…」
『ぶっ、スイカのって!!』
彼女の名前より「スイカ」の印象が強すぎて、思わず口から出た言葉はなんとも失礼なもの。
にも関わらず、彼女は怒るどころか暫く笑い転げていた。
本題はなんですかとおずおず聞けば、そのスイカのことだという。
『遅獲れのスイカで出荷出来なかったものを安値で売りたいんだけど…村に直売所とか催し物ってありますか?』
「直売所は無いですが…そうですね、今度の日曜に教会でフリーマーケットがありますよ。そこで良ければブースをお貸しします」
『え、いいんですか?』
「はい。ああ、すみません、でも場所代は頂いてるんです。このくらいの区画で1000円なんですが…」
『そのくらい大丈夫ですよ!…平たく並べたいので2箇所貸してください』
「いいですよ」
それが、9月の半ばとかだったろうか。
ちなみにバザーで彼女のスイカは完売。
まだ1年目の試作みたいなものだから…と大特価だったのもあるけど、何せ熟れていて美味しかった。
『牧野さん、これ、お礼です』
「私は何も…」
『困った時に助けてくれたでしょう?何もとはなんですか、いいから貰ってください』
「え、な、重い!」
『小玉スイカ、2つ入れときました』
味を知っている所以は上記のまま。
押し付けられた小ぶりのスイカが美味しかったこと。片方は切ったら黄色でとても驚いた。
それからスイカのお礼をして、世間話をする仲になって。
『…求導師様って呼んだ方がいいんですか?』
「急にどうしました?」
『信者さんに怒られたんですよ。軽々しいとか馴れ馴れしいとか…私は求導師と信者じゃなくて、牧野さんと友達になりたいだけなのに』
それが、彼女が「スイカの人」から白崎花音という友人になり。
特別な人になった瞬間。
私の、たった一人の友人。
私を、個人として見てくれる唯一人の人。
そんな人が、
『貴方がちょっとでも可愛いって思ってくれたらいいと思っただけです』
なんて。
いつも眩しいくらいの笑顔を、ちょっとだけはにかませて言う。
可愛い、と、喉まで来たのに言えなかったのは。
彼女は友人から親友になると同時に、片想いの相手になっていたから。
これでもかというくらい、噛んで、どもって、詰まって。やっと、可愛い、と言い切った。
もう逃げ出したい。恥ずかしい。
そんな私の腕を掴んで
『私は、牧野さんに会うために教会に来るんです。…スイカが無くても、来ていいですか?』
彼女は宣う。
むしろ来てください。
会いに行く勇気と自由を持てない私だけど。
せめて、私を友人と言ってくれた貴女には、誠実でいたいから。
やっぱり吃りながら返事をする。
「な、あ、ま、待って、ますっ、いつでも!」
返事ができたことで気が抜けた私の口は。
「…こんなに好きなんですから」
本心もするりと続けて吐いてしまった。
『え…』
「わ、忘れてください、なんでもないです!」
お願いです手も離してください全力で逃げたいです!
『牧野さん、言い逃げですか?』
「…っ!」
『私の、大切な友人からの告白を…忘れろなんて酷くないですか?』
「だ、だって!」
『返事くらい聞きましょうよ。いいですか?私も、牧野さんが好きです』
(ああ!やっぱり逃げたい!)
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