僕の声

□グレイハウンド
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『…あれ、休講?』

「ン?羽影?」

『あ、荒北くん。おはよう』

「ハヨ。何、休講ゥ?」

『うん。知らないで来ちゃった』

「俺もだヨ。ったく、急いだってのに」


とある日、1限目の講義がなくなった。
たまたま教室前に羽影が居合わせて、お互いに溜め息をつく。


「…部活行くかァ」

『そっか、部室あるもんね。自転車』

「ァ?羽影もサークルなんか入ってるだろ?」

『一応美術に席は置いてるけど…正直資料が多すぎて狭いんだよね、部室』

「大変ダネ」

『まあね』


どっかでスケッチしてくる。と、彼女は苦笑いしながら外へ。
俺は部室にいた金城と自転車回しに外へ。
…春の終わりは想像以上に暑い。





「オ。羽影ー、スケッチはどうだったヨ」

『うん。近くの公園におとなしい犬が居てね、描かせて貰った』


2限が始まる前、羽影の隣が空いてたから、そこへ座って話しかける。
よく見たら、先に着替えた金城が斜め前に座ってた。まあ、それはいいや。


「…犬?」

『コーギーっていうね、耳がピンとしたお利口な子だったよ』

「それ、見てもいーい?」

「はは。荒北は犬好きなんだな」

「金城!」

『あ、そうなの?』

「メアドのアキちゃん、実家のペットらしい」

『なんだ。彼女だと思ってた』

「ちげーヨ、ボケナス!」


笑いながら、彼女が開く小さめのスケッチブック。リアルに描かれた鉛筆画と、マスコットみたいに描かれたペン画の2種類。
正面だったり横からだったり、ラフなものが何枚もある。


「さすがだな」

『ありがと、金城君は好きな動物とかないの?』

「好き…は特に無いが、蛇は特別だな」

「高校で石道の蛇って言われてたもんネ」

『なにそれカッコいい』

「それを言えば荒北、お前も運び屋、野獣と呼ばれてたろ」

『…野獣?…ああ、確かに荒北くんって狼っぽいかも。吠えるって感じ』

「ァア!?」

『それそれ』


スケッチブックを返しながら、クスクスと笑う羽影を睨む。
羽影はものともせず、尚も笑って。アキちゃんは犬種何?なんてきいた。


「アキちゃんはコリーだヨ。写メ見るゥ?」


待ち受けにしてたアキちゃんを見せれば、金城から「待ち受けもか」なんて笑われて。ウッセ!なんてやっている間、羽影は携帯画面を凝視していた。


『可愛いねぇ』

「ダロ?」

『うんうん、待ち受けにしたくもなる』


そんなやり取りをしているうちに、講義は始まって。
つまんなくて眠たいイッパンキョウヨウとやらを、うつらうつらと聞いていた。

(ァ?何?)

瞼が落ちそうになった瞬間、隣からルーズリーフが差し出されて。
特に何も考えず、それを見る。

(…やるじゃナァイ)

キャラクターが2つ描かれていて、お行儀よく座る可愛いコリーと、ちょっと目付きの悪い狼が並んでいた。
多分、アキちゃんと俺。
よく特徴つかんでて、自分で見ても俺かな、って思う。アキちゃんはそのまま可愛いし。

端っこに『今日の講義はテスト範囲のメインらしいよ』なんて注意もしてくれてあった。

(目ェ覚めたわ)

そのルーズリーフはそのまま貰って。
「ありがとネ」とだけ書いた新しいルーズリーフを隣へ返す。
チラリと視線を投げれば、なんか楽しそうに笑ってやがった。

(嫌いじゃナイヨ、お前のそーゆートコ)

素直に可愛いと思う。
素直に言うかは別として。





別の日の講義でも、俺は隣に座っていて。
…この教授の話はダメだな。
クッソ眠い。話下手か、つまらなすぎる。

(ァ…紙?)

変わらずウトウトしてる俺に、隣からルーズリーフが渡された。

(これは…金城か?グラサンかけてるし)

そこには、メガネかけた蛇と眠そうな狼が描かれている。
…ヘビでかくネ?俺と同じくらいあるじゃん。丸呑みされそう。

(相変わらず目ェ覚めるクオリティだナ)

にやけそうになるのを堪えて、また別のルーズリーフに返事をする。


「羽影は何の動物なの?」

『何だと思う?』


そしたら、質問に質問で返ってきた。
ェ、なんだろ。

可愛いやつ。でも、犬って感じじゃない、もっと自由。
猫?…より人懐こいな。
ウサギ?…はニヤケ野郎が頭を過るからパス。

…わかんね。てか授業中に手紙とか、小学生みてぇ。

手紙?


「ヤギ」

『え、なんで』

「白ヤギと黒ヤギの手紙」

『ああ。でも荒北くんは狼だし。七匹の子やぎ?』

「食ってやろうか?」


なんとなく思ったことを書いて、隣へ渡せば。暫く返事が滞って。
まあ講義中だし、然程気にもしなかったんだけど。


『あらしのよるに って知ってる?』


その文字と共に渡されたのが、狼とヤギが隣り合って座ってる絵だった。
どっちも目を瞑ってて、でも、口元は楽しそうに笑ってる。
なんだっけ、ヤギと狼の友情の話だっけ。


「なんとなく」

『じゃ、食べないで、仲良くしてね』


あ。ヤギからハート飛んでる。
可愛い。こっ恥ずかしいし狡いとも思うけど、可愛いし、悪くない。


「ヨロシク」


けれど、自分の言葉が文字としてそこに残るのがどうしても恥ずかしくて。
『こちらこそ』
と返ってきたルーズリーフを自分のファイルに仕舞った。





 


「……ファイル、整頓すっか」


そんな、ガキみたいな手紙をしてるせいで。自分のファイルには彼女の文字、彼女の落書きがそこかしこに挟まっている。

ただ、それを捨てるのは惜しくて。


「………ヨシ」


専用のファイルを作った。
ついでに、財布に入ったままだった羽影の誕生日に行ったカフェのレシートも入れる。


(エー…俺健気じゃナイ?)

(女々しい?つかダセェ)

(………でも、とっとくか)


なんだか、捨てられないものが増える気がして。
そのファイルをそっと棚にしまった。




(雨月チャン、明日もルーズリーフくれっかな)




fin
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