僕の声

□ブルーラグーン
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大学最初の夏休み。
ロードにバイトに時々レポートとダチ。
クソ暑いけど、そこそこ充実した日々を送っている。
その一角に


「マァタお絵かき?羽影チャン」


ロードの帰り道である海岸沿いの道端に座り込んだ、羽影がいる。
呼び方が羽影から羽影チャンになるくらい遭遇した。


『うん!荒北君もロード?』

「おう。てか本当あっちィね」

『ねー。アイス食べたい。アイスクリームじゃなくて、氷のやつ』

「わかる。ガリガリ君とか」


俺がソーダアイスを思い付いたのは、暑さのせいじゃない。
羽影、透き通るような青い海と地平線に見える入道雲を見て、爽やかな味が欲しくなったのだ。


『買いにいく?一緒に食べようよ』

「ン、でも俺、今日財布忘れたんだわ」

『しょうがない、頑張った荒北君に私が奢ってあげよう』

「アンガト。今度返すネ」

『奢るって言ってるのに、真面目だね、荒北君』


クスクス笑いながら、彼女はイーゼルを畳んで、キャンバスをそっと仕舞う。
それを担ぎ上げると、一番近いコンビニへ脚を向けて、買ったアイスをそのまま駐車場で齧った。


『おいひぃ』

「あ、ハズレだ」

『もう食べ終わったの!?』

「囓ってりゃ終ンダロ」


アイスも飴も、囓って食べる癖がある俺にしたら。羽影の速度が遅い。
小さな口で、溶けたアイスを啜りながら食べている。


「………イイヨ、焦んなくて。ゆっくり食べな」


その様子を、ちょっと独り占めして眺めていたい。………なんて思って。


『ありがと』


へにゃりと笑った彼女を見つめていた。








そんなことをして、夏休みも半分を切ったある日。

彼女はまた、道端にイーゼルを立てて座っていた。
ささやかな木陰すらないそこで、大きな麦わら帽子を被る彼女の方が絵になる。
………とは、口にしないけれど。

今日は、筆を置いて俯いていて、なんだか様子がおかしかった。


「羽影チャン?」


自転車を停め、覗き込んだ彼女の顔は赤く、目は閉じている。
驚いて肩を揺すれば、そのまま倒れ込んでしまった。


これ、ヤバいやつ。


そう気付くと同時に、俺は彼女を抱き上げていた。
十中八九熱中症だろうけど、今持ってるのは飲みかけの温いスポドリと財布と携帯にロード。
役に立ちそうもないのは明白だったから、そのまま海岸沿いを走り出した。
確か、この先に診療所があったはず。


(クッソ、ロードなら1分で着くのに!)

(かといってコイツ担いでペダル回すのは無理)

(ビアンキも、イーゼルも、今は持っていけねえ)


どのくらいの時間で着いたのかはわからないが、汗だくになって診療所に駆け込めば、受付のネーチャンが目を丸くした。


「コイツ意識なくて汗と体温がヤバいンダケド、看てもらえますか!」


捲し立てればソッコーで看護師サンが来てくれて、彼女はなんか違う部屋で寝かせてもらえた。
俺ンとこには受付のネーチャンが来て、彼女の名前や連絡先、保険証とかそういうことを聞かれる。
幸い彼女のバッグは持ってきてたから、漁らせて貰ったら保険証とアレルギーとか既往歴?なんてものをまとめて持ってた。お陰ですんなり処置ができたらしい。

当然羽影チャンは熱中症で脱水症状起こしてて。点滴終わるまで時間かかるっていうから、ロードと彼女のキャンバスを取りに来た道を戻る。

…これも、同時に運ぶことはできなくて。

先に彼女のイーゼルとキャンバスを持って診療所に走り、再びビアンキを迎えに来ての2往復だった。


「羽影チャ………羽影サン、大丈夫ですか?」

「あ、付き添いで来てくれた彼氏さんだね」

「え、いや、ちが…」

「ひとまず点滴して、しばらく休めば大丈夫だと思うよ。幸い意識飛ばしてすぐに連れてきてくれたみたいだし。救急車呼ぶより早かったんじゃない?いい判断だったね、お疲れ様」


診療所までビアンキを運んでくれば雨月チャンは目を覚ましてて、看護師サンと何やら話している。
俺は先生から……まあムリに否定しなくてもよくネ?と思ってそのまま話を聞いた。
大したことなくて何よりだ。







「………具合はどうよ…って、よくないのはわかってんだケドネ」

『大丈夫。…連れてきてくれたの荒北君なんだよね、ありがとう』

「まあネ。…良かったヨ、命に別状なくてさ」


点滴が終わるまで、彼女のベッドの横にパイプ椅子を置いて。声を潜めて話す。


『しかも、ビアンキより先にキャンバス運んでくれるんだもの………ごめんね、迷惑かけちゃった』

「別に迷惑とは思ってねえケド…めっちゃ心配したから、次は無しダヨ」

『うん、気を付ける』


弱々しく話す彼女を、休ませてやった方がいいんだろうけど。
彼女が『あのね…』と話を続けた。


『今日、あの絵が完成したの。描くのに夢中で休まなかったのと、描き上がってホッとしたら気が抜けちゃったのが駄目だったんだね。…ね、荒北君、感想聞かせて』


視線をやるキャンバスは、彼女がずっと描いていた爽やかな海が広がっていた。
同じ青なのに、なんで空と区別がつくんだろうな。
でも、それは背景だ。
その海の手前、海岸沿いの緩やかなカーブの道が描かれていて。
そこには、水色の自転車が1台、風を切って走っていた。


「……最っ高、羽影チャン」


彼女は、あの場所からずっと、俺とキャンバスを見つめていたのかと思うと。
なんだか、胸が高鳴った。


『ありがと。それ、今年の夏の思い出なんだ』

「ふーん?なら、熱中症でぶっ倒れたのも足さなきゃな」

『う…』

「コンビニでアイス食ったのも」

『……ふふ、そうだね』


へにゃり。
いつもの笑顔を見せる羽影に、俺もちょっと釣られて笑う。


「ソーダヨ。さ、少し寝てな。点滴終わる頃には起こしてやるから」

『うん、ありがと』

次第に閉じていく彼女の瞼に、手のひらを被せて覆った。

呼吸が、寝息になる頃。


「………元気になったら、思い出増やしに行こうネ」


小さく呟けば、彼女が微かに笑った気がした。







fin


青い海と青い空と、青い自転車に魅せられた
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