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□短編集B
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暗い雨に
それは夜だった。
暗い暗い夜。
星や月なんて雨雲で隠れて見えない暗い雨の日だった。
帰り道を静かに濡らす暗い雨は、暗くて不味そうなグレーの空から落ちていた。
(寂しいの?)
(俺は寂しいよ?)
(泣いてるの?)
(俺は泣きたいよ?)
不意に誰かが俺を呼んだ気がした。
もしかしたら、誰かを俺が呼びたくて、
呼ばれてみたくて、そう思ったのかも知れないけど。
でも、俺は誰かに呼ばれた気がしたんだ。
(ねぇ、もっと)
(もっと、強く呼んでよ)
(そしたら、貴方を見つけられるから)
(そしたら、寂しくないように俺が抱きしめてあげる)
「はは、抱きしめてあげる、だってさ…上から目線かっての」
ポツポツ、顔を濡らす暗い雨だったもの。
濡れたくないなら傘を差せばいいのに、面倒臭がって傘は閉じたまま。
その、全てがまるで俺を
『独り』だと言っているようで余計に『孤独』が押し寄せた。
「…はは、淋しいなぁー…」
平らだったはずの地面がいつの間にか傷んで、そこに小さな水溜まりを作っている。
その小さな水溜まりの中の雨を踏みつけて、吐き出した言葉を誤魔化した。
淋しいと認めるのは思いの外簡単だ。
でも、それを誰かに口にするのはとても困難で。
そんな時に泣きたくなるのに涙は流れなくて。
「…淋しいって、寂しいって誰か言ってよっ、じゃないと…じゃないと、同じ思いをした俺は独りのままじゃん!」
誰かが言ってくれないと俺が寂しくないように側に居てあげれる理由が見つからない。
誰かが言ってくれれば、淋しい自分も誰かと一緒に居られるのに。
「俺に、理由をちょうだいっ」
「…俺も淋しいから、側に居てくれるか?」
「、え?」
暗い雨の中で突然声がした。
それは俺の欲しい言葉を発していて、俺はいつから聞いていたのかと頭の片隅でぼんやりと思った。
「俺も淋しいんだ、丁度良いだろ?」
普通なら自分で言ったことだろうが、実際他人と一緒にいたいとは思わない。
それなのに暗い雨に濡らされたその人があまりにも鮮やかで。
あまりにもその暗い世界に浮かぶ『紅』の瞳が鮮やかで。
俺はどんな人でも、はたまた妖怪とかの類でも良いから、騙されたとしても良いから、その人の側に居たいと思った。
「側に居てもいい…?」
「嗚呼、」
「こんな俺でも?」
「嗚呼」
そろそろと伸ばした手は、俺以上に冷えた男の手と重なった。
それは夜だった。
暗い暗い夜。
星や月なんて雨雲で隠れて見えない暗い雨の日だった。
でも、どんな日よりも
温かい雨の夜だった。
end。