血界戦線

□蝙蝠懐かれた。
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異界と現世が交わる街HL。
空想上の産物として描かれていたらしい私たちの世界とあちら側の世界が繋がる街は、毎日が忙しい。
最初はとても大変だった。『在る』とは知っていたが、重なることはなかった人界と私たちの世界が交わったのだ。
あちらも大変だったとは聞いたが、こちらも大変だった。
まず最初に家を失った。幸い家族はバラバラにはならなかったが、住む家がないのは辛い。
仕事など以ての外だった。
家は暫くしてどうにかなった。あちらもこちらも大変だったので急ピッチで衣食住が保証されていったからだ。

問題は仕事だった。
HLになる前から家政婦として働いていたが、HLになってから客層が変わった。
家政婦協会は働く先を人間、異界人関係なく、と決めたのだ。確かにこのHLでは『選り好み』は後々やっていけない。
それは仕方ないことだと理解したし、むしろ賛成だった。
しかし、現実は上手くいかない。
人間は私たち異界人に理解があると言いながら、殆ど『フリ』だった。
特に『お金持ち』はそれが顕著だったように思う。
家政婦として雇うものは、基本的に『お金持ち』が多い。けれど、人間たちは私たちが『普通』にしているだけで嫌がった。何人目かの『奥様』は『見た目』がもう無理だと言った。
とても辛かった。
泣いた日も実はある。
だからだろうか、今の『旦那様』のところで働けることは、私にはとても幸せだと言えるのだ。
旦那様であるスティーブンはとても良い『人間』だ。
私たち『異界人』に理解があるし、知った上で気にかけてもくれる。
何より、異界人である、私『ヴェデッド』を信用し、『家』を任せてくれる。
家政婦として働く私にとって、これほど嬉しいことはない。
だから、毎日とまではいかないがお勤めする日は誠心誠意働こうと思っているし、働いているつもりだ。


私はこの旦那様の家政婦でいることを誇りに思う。

旦那様が楽しそうなら私も楽しい。
旦那様が悲しそうなら私も悲しい。


そう、思っていたのだが。



そんな自慢の『旦那様』が最近可笑しい。
ちょっと…否、かなり可笑しい。
小さな疑問が解消された翌日から数日の間は、旦那様の皮を被った別の者かとさえ思ったのは、旦那様には内緒だ。




旦那様は帰宅がとても遅い。
会社勤めというものは、上に行くほど責任が重くなって、それに合わせるように仕事も増えるという。
旦那様が遅いのもそうだと思っていたのが、今は少し疑問である。
何故なら最近の旦那様はやたら早く帰ってくるからだ。
一応、『今まで』に比べたら、ではあるが。
それにしたって毎日早いのはどうなのか。

その小さな疑問は2日前には解消された。


いつものように旦那様の家のリビングを掃除していると、それは居た。
大きなソファーの後ろの隙間に黒い毛玉が落ちていたのだ。
昨日掃除したときにはなかったから、埃などのゴミではないだろう。
掃除機では吸わず、手で拾い上げた。
旦那様のお友達の落とし物だろうかとも思ったが、違ったらしい。

手の中には小さなコウモリが居た。


小さなコウモリは私に驚いているのか、プルプル震えている。
迷いコウモリだろうか。
それにしては窓も開いていない。
私が知らないだけで、旦那様の部屋で飼われていたコウモリなのかも知れない。
旦那様の寝室は唯一掃除しない約束なので、自分が知ることはかなわないのが、連日の早い帰宅もこのコウモリの為なら頷ける。

そして、気付く。
このコウモリはどうしたらいいのだろう?
旦那様の寝室に帰す?
入ってはいけないのに?
元のソファーの裏に戻す?
今日は少し冷えるし、それに移動されたら、旦那様は困るだろう。まして間違って掃除機で吸ったらもっと困る。

部屋をぐるりと見渡したが、いい場所が分からない。
ソファーの上もテーブルの上も見失っては元も子もない。

結果、出来るだけ優しく掴み直すと、自分のエプロンのポケットに入れた。
一応寒くないように、ハンカチで巣のようにしておく。
生態的には間違いかも知れないが寒いよりいいだろう。


『窮屈かも知れませんが、暫くここにいてくださいね。』


『ヂ…ぢ』


プルプル震えていたコウモリが、警戒した高い声を上げたが、声とともにハンカチを入れると、先ほどよりは柔らかい声で、小さく鳴いた。
震えも治まったようで安心した。
後で、何か食べれるものを用意しようと考えると、掃除を再開した。

それから程なく掃除が終わると、旦那様の夕食づくりに取りかかった。
今日はパーティーではないので残念ながら自慢のローストビーフは出番がない。
大きな冷蔵庫にはチキンがあったので、ハーブで臭みをとってからチキンソテーにでもしようか。
チキンをハーブにつけようとして、止めた。
チキンの端を小さくカットして避ける。
大きい塊の方はハーブにつけて、小さく切った方は茹でた。
食べなかったらサラダの一部にすればいい。


ちまちまと動いていたら、粗方夕食の準備が終わった。
もう少し後になったらチキンを焼こうと考えて、茹でてから冷ましておいたチキンを掴んだ。
とりあえず、ポケットの口のあたりで、味も付けてない茹で鶏肉を持ったまま待った。
ポケットの中はハンカチでよく見えないが暖かいので居るのは間違いない。
一分ほど待つと、ハンカチがもぞもぞ動き出して、件のコウモリがそろりと顔を出した。
黒くて小さなコウモリが頭だけ出して目を瞑っている。


『お嫌いじゃなければ食べてくださいな』


『…ぢ』


会話が通じるのか、コウモリは返事のように鳴くと、ゆっくり肉に噛みついた。
最初はゆっくり警戒しながら咀嚼していたが、問題ないと判断したのが途中からものすごい勢いで食べていく。
あっという間に鶏肉を食べおれると、心なしかしょんぼりして見えた。
どう見えて足りてない気がする。
あまり勝手に食べさせるのは良くないとは思ったが、瞑ったままの目で訴えられると弱い。
後一つだけと自分に言い聞かせると、冷蔵庫を開けた。
余っていた、6ピースチーズの半分を与えると、噛みついてくる。

コウモリって可愛かったのねと感動していると、コウモリが急にチーズを指から奪っていった。
そのままハンカチ製の巣にチーズごと消えていく。
一度謝罪なのか、隙間から顔を出して見つめてきたが、すぐに隠れてしまった。


『(急にどうしたのかしら)』


少し、否、かなり残念で寂しい。
しかし、生き物とはそういうものかも知れないと思い直すと、フライパンを取り出した。
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