血界戦線

□蝙蝠馴染みました。
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異界と現世が交わる場所、HL。昼夜問わず騒がしいこの場所は、多くの不思議に溢れている。

そんな場所で世界の均衡を保つため暗躍する組織、超人秘密結社ライブラ。
その組織に三日前新たな『生物』が加入した。
これはそんな『生物』が馴染んでいく話である。




私は、密かに心待ちにしていたある道具を手に、事務所に戻るとその生物は居た。
加入した生物は一匹だが、事務所に入ることを許された生物はもう一匹居る。

小さな二匹は二匹の為だけに設置されたドール家具を定位置にしている。

彼らの為だけに設置された家具は事務所にいるメンバーから見易く、邪魔にならない場所に設置された台の上にある。
比較的背の高いメンバーに合わせた台故に、目線が合うと好評なのは彼らの知らぬ事である。

本日も加入した生物の相棒的な存在の音速猿はドール家具の椅子に座り、常時追加される菓子を食べているところのようで、口と手が忙しそうだ。もう一匹の正式に加入した方…小さな蝙蝠は三人掛け調のドール用ソファーに居る。
だが、珍しく蝙蝠…レオナルドさんは菓子を食べていなかった。それどころかよく見るとソファーに突っ伏している。

「(体調が悪いのでしょうか?)」

先ほどまでの興奮が焦りに変わる。
ゆっくり彼らに近付けば、音速猿の方が気配に気づき、菓子から顔を上げた。
音速猿は相手が自分だと分かると、微かに入っていた緊張を逃がし、そのまま片手を口に持っていく。
どうやら静かにするように伝えたいらしい。小さな手で器用にシーっとジェスチャーをされた。
どうして静かにしなければいけないのか分からないものの、動作だけで頷けば、音速猿は安心したのか菓子に戻っていった。

静かにしたまま、レオナルドさんを見つめる。
彼の顔はソファーに突っ伏して見えないため表情すら窺えない。けれど息は出来ているのか、規則正しく上下している。

「(…何か聞こえる?)」

小さく何かがレオナルドさんから聞こえてくる。
ぶつからないようにもう少し顔を近づけ、音を探った。

「ぷぅ〜…くぷ〜…」

「(…これは!)」

明らかに寝ている。
野生は何処と首を傾げるほどには無防備だ。
だいたいコウモリなのに、床で寝ていいのだろうか。
悩んでから気付いた。

「(ぶら下がる棒忘れてましたね…)」

用意し忘れは完全に自分のミスだ。心の中で反省し、新たに用意する物を脳内で追加してから、動画を撮影した。
ぷーぷー、どこから漏れ出た声なのか悩む寝息は兎にも角にも愛らしい。
今度、全員が疲れ切ったときの癒やし映像にでもしようか。
きっと数秒の動画が終わる頃には殺伐とした事務所の空気に花が飛ぶことだろう。

「ぷぅ〜ぷにゅ〜………ち?」

「おはようございます、レオナルドさん」

「ヂ?!」

いきなり声を掛けたからか、レオナルドさんがソファーの上で飛び上がった。
キョロキョロと周りを見渡して、状況を確認している。

「落ち着きましたかな?」

「ち、」

照れているのか、もじもじと身体を揺らすレオナルドさんの破壊力は凄まじい物があった。
動画などを取り忘れてしまったので、後で、一匹用の隠しカメラから画像を切り取ることにする。
なお、カメラはスティーブンさんが私たちに秘密で設置した物なので、映像を抜こうが知ったことではない。

なお、件の副官はレオナルドさんたちと出勤し、レオナルドさんに伝わらない愛を叫んだ後、所用で出て行ったので今はいない。


私はスティーブンさんが相変わらずいないのを確認すると、数日待っていた道具を取り出した。私が取り出したのはレオナルドさん専用の翻訳機だ。バウワウリンガルの小さいタイプなら数日も掛からなかったのだが、皆が皆、声が聞きたいと言ったので、魔術やら魔道的要素を組み込んで、レオナルドさんの声のまま翻訳するようにした。その分、わざわざ端末を見なくても会話が成立する。
それ故、数日も要したが軽量化も視野に入れた道具は、レオナルドさんの良さを損なわない見た目になったので良しとします。

「ち?」

「やっと翻訳機【蝙蝠んがる】が出来ました。装着してもよろしいですかな?」

「ち!」

相変わらず不安になる首周りに翻訳機をつけたリボンで首輪のようにする。
リボンの色はメンバーで揉めに揉めたので、順番にローテーションすることがレオナルドさんには内緒で決まっている。
今日のリボンは黄色だ。

苦しくない程度にしっかり結んでから、翻訳機の電源を入れた。

「どうですかな?」

「ち?」

「…おや?」

「おや?ん?あれ?」

「…成功ですかな?」

「おー!しゃべれてます?」

レオナルドさんが興奮からか、ドール用のソファーからパタパタと飛び上がると、ふらふらしながらも音速猿に飛びついた。
明らか不安な飛行故に音速猿に激突したが、音速猿としてはレオナルドさんの方が小さいからか問題なかったようだ。

「みて!みて…あれ?きいて??」

「キ?」

「ちをのまなくても、しゃべれる!」

「キ!」

小さな二匹は感動からか、ひしっと効果音が聞こえてきそうな動作で抱きしめ合っている。

「(…微笑ましいですな)」

このまま感動物語として二時間は見られるくらいには微笑ましい光景だ。
それにしても、特製翻訳機越しでさえひらがな喋りだとは思わなかった。
これは血を飲んでも、ひらがな喋りな気がする。

「ぼく、つぎにしゃべるときに、なまえきこうとおもってたんだ!」

「キ?」

音速猿が問われたことに対し、首を横に振った。名前はないのかもしれない。

「なまえはないのか?」

「キ」

「うーん…じゃあ、そにっく!そにっくは?」

「キ!」

音速猿は名前が嬉しかったのか、再びレオナルドさんを抱き締めた。レオナルドさんも気に入ってもらえて嬉しそうだ。

「ソニックさんですか、改めて宜しくお願いします」

「キ!」

音速猿もといソニックさんが小さな手を伸ばしてきたので、私は指で握手した。

ソニックさんも翻訳機があれば良かったのだが、音速猿の特性上、無駄な重みは命取りになると判断され、断念された。
手足が器用なのでだいたい何を伝えたいか分かるので、結局無くても良さそうだ。
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