小説(4冊目)

□固定リボン
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 誰かに圧し掛かられていた。
 逆光で顔は見えないけど、笑ってるのは判る。下卑た笑み。
 冷や汗が背筋を流れてゾクッとする。湧き上がる恐怖に身体が竦む。
 抵抗したいのに、腕が重くて動かせない。
 顔が近付いてくる。怖い。
 誰か、助けて……!

「……や、しぶや!」

 聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
 ハッと瞬きをして、ギクシャクと辺りを見回す。
 縋るように視線を巡らせた先には、おれの隣で寝そべる村田の心配そうな顔があった。
「大丈夫かい、渋谷。凄いうなされてたよ」
「……あれ?」
 改めてもう1度自分の状況を確認してみる。
 ここは見慣れた自分の部屋で、圧し掛かってた男(多分男だったんだろう)は影も形もない。
 そういえばさっきまでは村田と話してたんだっけ。
 いつの間にか寝入って、夢を見てたって事か……。
「はぁ〜……」
 恐怖に強張っていた身体から急激に力が抜けて、大きな溜め息が漏れた。汗で貼り付いた前髪を払おうと腕を上げる。
 しかし何故か動かなくて、代わりに鈍い痛みが走る。
 何で動かないんだと自分の腕を見てみる。そこには赤いリボンが巻かれていて、もう1本の腕と固定されていた。
「あ、気付いた? 赤い糸ならぬリボンで繋がってみたんだ」
 村田が繋がった腕を軽く持ち上げて嬉しそうに笑う。いや、人が寝てる間に何してるんだ。
 自分の意思じゃなくフラフラと揺れる腕を眺めながら、ふと気付く。
「じゃあさっき腕が動かなかったのはお前のせいか!」
「え、何の話?」
 村田が話の流れを掴めずにキョトンとした。そりゃ人が夢でどうなろうと知ったこっちゃないだろう。
 自分の行動が人の夢に与えた影響なんて、計り知れる筈もない。
 しかし悪夢の一端がコイツのせいかと思うと、腹が立ってしょうがない。
「ったく……」
 再び大きな溜め息が漏れる。
 まぁあの悪夢から救ってくれたのは間違いなく村田な訳だし、今回は見逃してやろう。
 そう自分の中で踏ん切りを付けて小さく微笑んで見せる。
 村田は多分訳が判らないまま、曖昧に笑って返した。

「……で、いつまでリボン結んどく気だ?」
「一生?」
「んな事出来るか。まともに動けねぇじゃん」
「判ってるって。冗談に決まってるだろ」
「大体さ、こういうのは心が繋がってればそれで良いんじゃねーの」
「え……?」



end
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