小説(3冊目)

□構えー!
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 リビングでは村田が優雅に文庫本を読んでいる。
 同じ姿勢のままで疲れてきたのか背凭れ代わりのソファの脚に後ろ頭を擦り付け、自分の両脚を組み替えてまた本のページを捲る。
 その様子を少し離れたテーブルから見ていた有利は、イライラとシャープペンシルをテーブルに転がして村田の膝に飛び付いた。
「構えー!」
「っと……渋谷、邪魔」
 膝に圧し掛かられた村田は特に動揺した様子もなく、有利の頭から本を退けて目を眇める。
 負けじと有利も顔を顰め、村田の膝から睨み上げた。
「せっかくおれが遊びに来てんのに、本読んでる事ないだろ」
「きみには数学の宿題という重要な使命があるじゃないか」
 有利が放ってきたテーブルには数学の課題とシャープペンシルが虚しく広げられている。
 素気なく返されるとさすがに有利も後ろめたく怯んだ。
「う……だって判んねえんだもん」
「だったら『教えて下さいご主人様』くらい言ってみなよ」
 俯きがちに視線だけを送る有利に、村田は尊大に言い放つ。
 有利はムッとして甘えるような視線を不機嫌に変え、口を尖らせた。
「誰がご主人様だよ」
「先生でもいいよ」
「言わねーよ」
「じゃあ自分で解決するんだね」
 村田はニヤリと笑って有利の柔らかい頬を突付く。
「ちぇー」
 益々口を尖らせて顔を背け、有利は拗ねたように村田の膝に自分の頬を擦り付けた。
「……」
 村田は開き直った態度に呆れつつ、自分の膝の上にある後ろ頭を見つめる。
 丸いシルエットを覆う柔らかそうな髪が、身動ぎする度にサラサラと揺れる。
 触れたいという衝動に……不意に指先が痺れた。
「――もう、しょうがないなぁ」
「へ?」
 村田は焦れて降参の声を上げた。
 驚いて間の抜けた声を出した有利が振り返る前に、村田は右手にあった本を置き両手の指を有利の髪に突っ込む。
 指の間に触れる毛の感触を堪能しながら思い切り髪を掻き混ぜた。
「わしゃしゃしゃしゃー」
「何なんだ!?」
 ひとしきり引っ掻き回してからピタリと動きを止めると、次の行動に移る前に有利はガバッと起き上がる。
 爆発した後のようにグチャグチャになったその頭を見て、村田は込み上げる笑いを噛み殺しながらのたまった。
「犬みたいで面白かったから」
「ああっ!?」
 失礼な理由に有利は憤慨を隠さない。
 村田は宥めるように有利の頭に手を伸ばし、自分が乱した髪を梳いて整えてやった。



end
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