小説(3冊目)

□りんご飴の逆襲
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 家に遊びに来た渋谷のために、常備してある牛乳を出してやろうと冷蔵庫を開けた時、不意に赤い物が目の端に映った。
 握り拳よりも大きな、真っ赤なりんご飴。
 すっかり忘れ去られていたそれは、食材に紛れてそっぽを向いている。
 僕はりんごから突き出ている割り箸をむんずと掴み、牛乳と一緒にトレイに載せた。



「渋谷、りんご飴食べる?」
「食べる!」
 リビングに足を踏み入れながら訊ねると、つまらなそうにテレビのリモコンを弄っていた渋谷は勢い良くこちらを振り返った。
 トレイの上に目を留めてキョトンと瞬きをする。
「……って村田、どしたのソレ?」
「この間渋谷と一緒に祭り行ったろ。その時の」
 数日前の夜。渋谷と2人で、近くの神社で行われた祭りを見に行った。
 このりんご飴はその時屋台で買った物の内の1つだ。
「お前まだ食ってなかったの?」
 渋谷がやたらと頭の重い飴を受け取りながら呆れたように眉を寄せる。
 僕は肩を竦めて苦笑するしかなかった。
「実はりんご飴ってちょっと苦手なんだ」
 嫌いではないけれど。
「あのな、自分が食えない物を買うなよ。勿体ないだろ」
「あの時は食べたいと思ったんだよ」
 きみがあまりにも嬉しそうに屋台のお姉さんからりんご飴を受け取るから、僕も久し振りに挑戦してみようかと思ったんだ。
 とは言え1人きりになるとなかなかその気になれなくて、結局手付かずのまま現在に至ってしまっていたんだけど。
 渋谷は深く追及する事もなく牛乳を1口飲んだ後、りんご飴を覆うセロファンを豪快に剥がして攻略に取り掛かった。
 自分用に持ってきたカフェオレを飲みながらその様子を眺める。
 表面が硬くてなかなか齧る事が出来ないらしく、歯を立てたりペロペロと舐めたりを繰り返す。
 やっと1口齧った頃には、渋谷の口の周りは飴の赤でベッタリと汚れていた。
「渋谷、口の周りベタベタ」
 子供みたいな食べ方をするヤツだなと指摘してやると、渋谷は手を止めてムッと口を尖らせる。
「しょうがないだろ、りんごがデカいんだから」
 舌を伸ばして口の周りを舐め取った。
 しかし口中にも飴が残っているんだろう。あまり拭えていない。
 正直、見ていてまどろっこしい。
「ホラ、貸してごらん」
 僕は手にしていたカップをテーブルに置き、膝立ちで渋谷に近付いた。渋谷の顔を両手で包み込んで口の端を舐めてやる。
 口の中に飴の甘さと肌のしょっぱさが広がった。
 こういう行為にいつまでも慣れない渋谷は目を見開いたまま硬直している。
 それをいい事に僕は更に舌を這わせ、口の周り全てを舐め回して唇と肌、産毛の感触、味を堪能する。
 粗方舐め終えた時、ようやくフリーズ状態から脱却した渋谷が僕の肩を突っぱねた。
「お、おまっ、いきなり人の顔舐めんな!」
「うーん、この塩梅が何とも……」
「人の話を聞け!」
 すぐ目の前というこの距離で、聞こえない筈はないのに渋谷が顔を赤く染めて喚き立てる。
 その反応を楽しみながら、スイカに塩を掛けるってこんな感じなのかなとボンヤリ思う。
 不意にいつもより赤い渋谷の唇が艶っぽく煌めいて、不覚にも喉が鳴った。
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