小説(3冊目)

□もにたあで眠り姫
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 眞魔国血盟城、その中にある魔王の執務室前に村田はいた。
 この国で唯一魔王と対等の立場にあると言われている村田健は軽い調子でドアをノックする。
「入るよー」
 返事も聞かずにガチャリとドアを開け、中に足を踏み入れる。
 そこで村田が見た物は、夏休み最終日の如く慌しく執務をこなす有利とその臣下達の姿だった。



「凄い状況だね」
 村田はドアを閉めるとグルリと視線を巡らせ思わず苦笑した。
 王佐ギュンターと普段から仕事に駆り出されているグウェンダルはともかく、いつも陛下の護衛として傍で見守っているコンラッドやヴォルフラムまで書類にペンを走らせている。
 1番奥の窓際で大きな机を陣取っている魔王陛下こと渋谷有利は、友人の存在に気付いてヘラリと片手を上げた。
「おー、村田ー」
「渋谷ヘロヘロじゃん」
 部屋を突っ切って有利の元に近付く。有利は村田を縋るように見上げた後、机上の書類に構わず突っ伏した。
「もう何時間も座りっ放しなんだって。疲れたー!」
「よしよし」
「あ、大賢者! 気安くユーリに触るな!」
 村田が有利を宥めるように頭を撫でてやっていると、ヴォルフラムがガバッと立ち上がり激昂する。
 ギャンギャンと喚く末っ子の宥め役を次兄コンラッドに任せ、意外と似ている3兄弟長男のグウェンダルはいつもの3倍深く刻まれた眉間の皺を有利に向けた。
「お前がギュンターから逃げ回って仕事を溜め込むから、こんな事になっているんだろう」
「そうですとも! このギュンター、陛下に快適に仕事をして頂けるよう尽くして尽くして尽くしまくっておりますのにー! 陛下は私の事がお嫌いなのですかー!?」
 グウェンダルに便乗する形でギュンターが訴える。多少論点がズレている気がするが、どこ吹く風で汁を撒き散らす。
 ヴォルフラムを仕事に戻らせたコンラッドはそんな師匠を一瞥して溜め息を吐いた。
「ギュンター、汁よりも手を動かせ」
「ところで村田、ガムとか持ってない?」
 突如ムクリと顔を上げた有利は再び村田を見上げた。
「何いきなり? 大体眞魔国にガムなんかないだろ」
「何かスッゲー眠くてさ。用意周到な村田の事だから、持ってきてないかなーって」
 よくよく見れば有利の白目部分は充血しており、閉じかける瞼をしぱしぱと瞬いている。
 必死に眠気と戦っている様子を微笑ましく思いながら村田は肩を竦めた。
「こっちに来る前なら持ってたんだけどね。板ガムだったから池を通った時にドロドロになっちゃって捨てたんだ」
 実際に用意していたらしい。さすが元大賢者、侮れない。
 しかし今ここに存在していなければ意味を成さない訳で、有利は顔を顰めてポツリと毒吐いた。
「チェッ、役立たずー」
「何をー? 大体渋谷の自業自得だろ」
「まあまあ、お茶でも淹れてきましょう。少しは目が覚めますよ」
 村田が有利に対して目を眇めた時、コンラッドは苦笑しながら提案した。
「あ、ウェラー卿、それいいかもねー。紅茶にはカフェインが入ってるから」
「かふぇいんというのは何だ? 男か?」
「ならば私が淹れて参りましょう」
 ヴォルフラムによるズレたツッコミをサクッと無視して、ここは私の出番と瞳を輝かせたギュンターが立ち上がる。
 だが有利は不服そうに頬杖を突いた。
「そういうんじゃなくてさ、即行で目が覚める奴が欲しいんだよなぁ」
「呼びましたか!?」
 突然ドアが勢い良く開き、張りのある女の声が執務室に響き渡った。
 全員が注目すると燃えるような赤毛の女性、毒女ことアニシナが不敵に笑う。
 アニシナはツカツカと肩で風を切って歩き、有利の前に親指くらいの小さな小瓶を差し出した。
「これは先程完成しました眠気覚ましの薬『オキレール』です」
「何かそれモノレールの親戚みたいだね」
「ああ、子供がトイレに行き損ねて……」
「それは漏れーる……ってか微妙すぎて誰も判んねーよ、そのネタ」
「これを飲めば立ち所に全ての細胞を活性化させ目が覚めるという優れ物!」
 村田、コンラッド、有利による地球プチ漫才をサラリと流し、アニシナはにっこりと笑って小瓶を有利の掌に載せる。
「さあ陛下、ずずいっとご服用下さい!」
 普段の有利ならば気付いたであろう、この薬の危険性に。
 彼女の発明には名品もあるが、失敗作も数多い。しかも完成したてとなれば、誰も試した者はいない。
 すなわち初めての「もにたあ」となる訳だ。
 しかし脳の半分を眠気に支配されている有利はその事実に気付く事なく、反射的に受け取った薬を眺めた後フニャリと笑った。
「サンキュー、アニシナさん。助かるよ」
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