小説(3冊目)

□遠い旋律 きみの声
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 頭の中にメロディーが浮かぶ。昨日ボンヤリと見ていたテレビで流れた曲。
 ジャジーで気だるい旋律が身体の中で弾む。
 どこか懐かしい気がするのは、この魂の前の所有者が聴いていたからだろうか。
 車窓の景色を眺めながら、知らず傘を持つ手が揺れていた。



「おーい、村田ー」
 駅の改札を抜けた時、不意に遠くから声を掛けられてメロディーが途切れた。
 俯きがちだった顔を上げると、渋谷が笑って手を軽く振る。
 今朝雨が降っていたからだろう、傍に自転車はなくて、代わりに青いビニール傘があった。
 青いフライトジャケットに青い傘。本当に青が好きだよね。
 そんな事を思いながらクスリと笑い、僕は渋谷の方に足を向けた。



 僕を支配していた旋律が、いつの間にか渋谷の声に変わっていた。
 笑ったり、怒ったり、ハリのある声が身体の中で心地良く廻る。
 渋谷の声に満たされる。
 全身で笑って、全身で応えて、きみと一緒の時を過ごす。



 遠い旋律は過去の記憶。
 思慕の念を抱いた所で、指の間から擦り抜けていくばかりだ。
 きみの声は今ここにある。
 掴む事は出来ないけれど、確かに僕を包んでくれる。



 雑踏に紛れる僕ときみの声。
 ふと目を上げると青い空が、雲の隙間から覗いていた。



end
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