小説(3冊目)

□暖かい微睡
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 微睡から意識が浮上する。
 暖かな重みを感じて目を開けると村田の顔があった。
 おれの身体を抱き締めたまま静かに寝息を立てている。
 眼鏡もなく、理知的な瞳は瞼に覆われていて何だかいつもより幼く見える。
 思わずクスリと零してしまって誤魔化すように村田の胸に頬を擦り付けた。
 体温の移ったシーツに包まれて、暖かい腕と鼓動を感じて酷く安心する。
 この腕の中がこんなにも安らげるなんて、少し前までは知らなかった。



 不意に身動ぎを始めた村田がおもむろに目を開けた。
 ゆっくりと瞬きを繰り返し、黒曜石のように煌めく瞳をふわりと細める。
「おはよ、渋谷」
 まだ眠いんだろう、瞳の周りが赤く充血しているのがちょっと可愛い。
 釣られて微笑を返しながら、おれは村田の背中に回した腕を軽く引いた。
「もう一眠りしようぜ。まだ時間あるだろ?」
 いつもなら先に起きてる筈の村田が熟睡してたんだ。まだ起きる時間じゃないだろう。
 雲の上を歩くようにふわふわと、眠りの波が押し寄せてくる。
 軽く欠伸をすると村田が破顔して、唇が優しく額に触れた。
「うん、じゃあお休み」
「お休み」
 朝の喧騒を控えた贅沢な時間。
 互いの身体を抱き締めたまま、おれ達は再び暖かい夢の中に潜り込んだ。



 ――静寂を破り騒がしく叩き起こされる事になるのは、もう少し先の話。



end
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