小説(1冊目)

□天の川
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 微かな水音が聞こえた気がした。



 道端に水溜りが残ってる。
 その水面には僕と渋谷の顔が映っていた。

「渋谷にとって、水は天の川みたいな物かもしれないね」
「何詩人になってんの?」
 きょとんと目をしばたかせる。その小動物のような反応がちょっと可笑しい。
「人間誰しも詩人になり得るんだよ」
「そっかあ?でもおれは脳味噌筋肉族だしなあ……っつか話ずれてんぞ」
 僕もそう思うよ。

「何で天の川なんか出てくんの?」
「水はむこうとこちらの世界をつなぐ扉だ。しかし同時に隔たりとなる壁でもある」
 天の川という大きな隔たりに遮られ、年に1度しか会えない織姫と彦星。
 むこうから喚ばれなければ行く事すら叶わない眞魔国。
「まあ君の場合はもっと頻繁に会えるけどね」
「あのさムラケン、ホントに訳判んないんだけど……」
 うん、判らなくていいんだ。ただの感傷だから。


 微かな水音が聞こえる。君を喚んでいる声。

「渋谷、行っておいで」
 とん、と背中を押してやる。
「え、むらた!?うわああぁーー……!」
 水溜りに片足を突っ込んだ渋谷は、悲鳴ごと吸い込まれて消えていった。
 溜め息と苦い笑いが同時に生まれる。

 君はあちらの世界の王だから。僕は黙って見送る事しか出来ないけれど。
 ――でも。
 むこうで君を必要としているように、地球にとっても、僕にとっても君は必要な人だから。


 それだけは……忘れないで。



end
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