小説(1冊目)

□睡眠
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 目が翳む。瞳に映る光景が意味を成して脳に伝わってこない。
「……ぶやっ……渋谷っ」
 ああ、村田の声が聞こえる。
「しっかりしろ渋谷」
 ごめん村田、おれはもう駄目っぽいよ。でもお前ならきっとおれがいなくても大丈夫だよな。
 ……後は……頼む。

 瞼が落ち、頭が傾いていく。
「寝るなよー、留年したら島流しなんだろ」
 ……そうでした。臨終ごっこしてる場合じゃありませんでした。
 
 頭を振って眠気を払う。翳む視界を両目を擦ってクリアにした。



 おれは今両親のお留守な村田家にお邪魔して、留年の危機を回避すべく大賢者様に勉強を教えてもらっていたのだった。
 何度聞いても外国の言葉のように理解不能なのだが、それでも村田は根気良く教えてくれていた。多大な友情に感謝しつつも出来の悪い自分の脳味噌には呆れるしかない。

「ああ、なんでおれってこんなに馬鹿なんだろう」
「今に始まった事じゃないだろ」
 頭を抱えて嘆くおれに更に追い討ちをかける。こういう時位フォローしてくれよぅ。
 村田が軽く溜め息を吐いた。
「続きは明日にしようか。試験まではまだ日があるんだし」
「いや、やりますよ。せっかく村田が貴重な時間を割いて教えてくれてるのに、全く成果がないんじゃ申し訳が立たないもんな!」
 両手で握り拳を作ったら、身体が後ろに傾いた。
「そうやって思い詰めるの、悪い癖だよ?」
「あのー、村田さん?」
 仰向いた視線の先に、慣れない村田の真顔がある。
「詰め込むだけ詰め込んでも睡眠をとらなきゃまたすぐに忘れちゃうんだから。それに無理して体調崩したら元も子もないだろ。今日はもう終わりにしよう」
 優しい声が耳に沁みこむ。唇がそっと触れてきて、頭の芯が痺れる。
 村田のキスには麻酔作用でもあるんだろうか。
 さっき以上に朦朧としてきた。
「渋谷、そのまま寝たら風邪引くよ。ちゃんと布団入んないと」


 ――もう遅い。
 おれは本能の赴くままに目を閉じ、完全に意識を手放した。



end
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