小説(1冊目)

□裏切りと信頼
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 僕と渋谷は地球に戻ってきた。ウェラー卿が大シマロンに付いたという事実が重く圧し掛かったまま。
 船から落ちたのは偶然だったけど、悪くないタイミングだったと思う。
 あのまま放っておいたら渋谷は僕達を振り切って大シマロンのウェラー卿の許へ向かっていただろう。

 崖の上からちょっと心配そうにこちらを見ていたお姉さん達に水着を手渡す。
 海に浮かんでいたレモンイエローのビキニ上。これがむこうの世界へ行くそもそもの原因だった。
「ありがとーございましたー」
「バイバーイ」
 お礼もそこそこに去っていくお姉さん達に、笑顔を作って手を振り見送る。
「さて渋谷、僕達も戻ろうか」
 ずっと黙りこくっている渋谷を振り返る。俯いたまま表情が見えない。……考えてる事は判ってるんだけどね。
「――陛下」
 むこうの世界での呼び名を呼んだ。渋谷はパッと顔を上げ反射的に言葉を紡ぎかける。
「陛下って呼ぶな、名付……――」
 自分の言葉に驚いて目を見開く。その顔が泣きそうに歪んでまた顔を伏せた。すごく、痛々しい。
「…………ごめん」
「いいよ」
 いつもそんなやり取りをしていたのだろう。癖として身に付いてしまう程に。信頼と安心と、深い愛情に満ちたやり取り。
 だが。
 ウェラー卿は渋谷の元を去り、大シマロンに付いた。信じていた者に裏切られた気持ちを完全に理解する事はできないけれど、推し量る事はできる。
 ――それでも。
「渋谷、きみは王だ」
 渋谷の身体がビクッと震えるのが見て取れた。僕は感情を殺した声を出す。
「個人よりも国を優先しなければならない」
 国を統べる者として。
「確かにウェラー卿はきみにとって特別な存在だろう。だがどんな存在だろうと国に仇成す者は排除しなければならない。情が深いのはきみのいい所だけど、度を過ぎれば足元を掬われる。ウェラー卿は眞魔国を裏切った。その事実を事実として受け止め対処しなければ国家が滅ぶ事態に陥りかねない」
 一気に捲し立てた。反論の隙を与えないように。
 キツイ事を言っているだろう。
「お前って、嫌なヤツだな」
「それが僕の役目だからね」
 感情に流され思慮を失うのは決して良い事ではない。僕は大賢者として魔王を補佐し、導かなければならない。
 ……改めて考えれば、僕は渋谷の中のウェラー卿の存在の大きさに嫉妬していたのかもしれないんだけどね。

「と、ここまでは大賢者としての意見!」
「え……」
 わざと明るく口調を変えた。あたかも双黒の大賢者という名を持たない存在から、村田健という渋谷の友人へと切り替えるように。
 虚を衝かれた様な渋谷の顔がちょっと可笑しい。
「ここは地球だから。今ここに渋谷が魔王だと知ってる奴は僕しかいないから」
 頭をそっと抱き寄せる。海を通ってびっしょりと濡れていた筈の髪は、日に晒されていたせいかサラッと音を立てた。
「今だけは、ウェラー卿を思って泣いてもいいんだよ」
「――バーカ……何、言っ……ふっ……うぅっ……」
 声が掠れ嗚咽に変わる。渋谷の顔の当たる肩が温かく濡れていく。

 きみは誰を思っていても良い。心が僕の許になくても。
 それでも僕はきみを支えてやりたいと思う。いつも笑っていられるように。
 崩れそうになる渋谷の身体を僕はずっと抱き締めていた。



end
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