小説(1冊目)

□寝起きでドッキリ
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「おはようございまーす」
 息だけで囁くような挨拶に意識がフッと戻ってきた。だが覚醒しきっていない頭はろくな判断力もなく、おれはただ習慣的に返す。
「んー……コンラッドー? もうそんな時間ー?」
「酷いや渋谷。寝言で他の男の名前呼ぶなんて」
 思っていたより高めの声がなじってきて一気に脳がクリアになった。
 ここは眞魔国。おれの部屋のおれのベッドの上の筈だ。
 そしておれの事を名字で呼ぶヤツはこの世界には1人しかいない。
「え、むむ村田!? 何でここに……っていうか今のは別に寝言じゃねぇし」
 これまた習慣的にツッコみつつガバッと起き上がると案の定、村田がわざとらしく口元を押さえて傷付いた表情を作っている。
「余計悪いじゃん」
「あのな、いっつもコンラッドが起こしに来てくれてんだよ、ロードワークのために。それくらい知ってんだろ」
「まぁねー」
 はっきりくっきり説明してやると、特におれとその名付け親の関係を疑っていた訳でもない村田はあっさり頷いた。
「んで、お前は朝っぱらから何しに来たの?」
 さっき訊き損ねた事を蒸し返す。村田は首を傾げて軽く笑った。
「んー、夜這い?」
「は?」
「あ、明け方だから朝這いかな?」
 不穏な響きに思わず訊き返すと、あさっての方向に解釈したのか妙な訂正を入れてくる。
「んな単語あるか! っつか待て。そろそろコンラッドが起こしに来るんじゃ――」
 時間が判らず焦るおれを村田は余裕で押し倒した。
「まだ1番目覚まし鳥も鳴いてないよ。それに大丈夫! 僕達早いから!」
 励ますようにグッと右拳を握り自信満々に言い切る。おれは思わず村田をすり抜け遠くを見つめてしまった。
「それはある意味地雷だと思うぞ……」
 しかも2人揃って大ダメージだ。
「戦場に赴くんだ。傷付く事なんか覚悟の上さ」
 地雷を仕掛けた張本人は目を細め、悟りを開いた僧侶のような顔をする。そういえばこいつはこの国ではトップクラスの聖職者って事になってたっけ?
 ……坊さん色を好むとはよく言ったものだ。
「非常に男前な発言だけどな村田、ここは戦う場所じゃなく休む場所だ。っていうかおれまで巻き込むなっ」
「まあまあ、一蓮托生って事で」
 おれが力一杯ツッコんでも聞きゃしない。喉元をきつく吸われて勝手に身体がビクつく。
 何とか止めさせる方法はないものか、と視線を彷徨わせると目の端に白い生足が映った。
「やめ……あっほらヴォルフ、ヴォルフいるし、起きたら困るからさっ」
 おれ達の横ではヴォルフラムが美少年台無しの寝相で眠っている。
 しかし村田はその様子を一瞥しただけですぐに向き直った。
「ぐぐぴぐぐぴ言ってるから当分は起きないよ。ほら、いい加減観念しろって」
「いーやーだーー」
 そうは言いつつも既にパジャマの前を肌蹴られ下着の中に手を突っ込まれている状態では恥ずかしすぎて助けを呼ぶ事も出来ない。
 肌をなぞられる感触と優しく微笑む黒い瞳に、おれは結局抵抗を諦めた。

 その後おれがどうなったかは――大賢者様のみぞ知るって事で……。



end
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