小説(2冊目)
□紅茶の時間
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規則正しくペンを走らせる音が響いている。その音を聞きながら、僕はまた1つ本のページを捲った。
「村田ー、本読んでんなら少しくらい手伝えよ」
「駄目だよー、それは渋谷の仕事なんだから」
「いいじゃんか、少しくらいー」
ここは魔王陛下の執務室。僕は執務机前に置いてあるテーブルの一角を陣取っていた。
――彼に会うために。
彼は現魔王の王佐で教育係だから、渋谷と行動を共にしている事が多い。だから渋谷の傍にいるのが彼に会う1番の早道なんだ。
だって、結構な地位にいる彼をそんなしょっちゅう眞王廟に呼びつける訳にもいかないだろ?
渋谷の愚痴をおざなりに聞いていると扉が2回ノックされる。
「失礼します」
目を向けると部屋に入ってきたのは彼――フォンクライスト卿ギュンターその人だった。
「お茶をお持ちしました」
ティーセットを載せたトレイをフォンクライスト卿は優雅な所作でテーブルに置く。間近で白銀色の髪がサラッと流れて一瞬見惚れてしまった。
「ありがとう」
「いえ」
礼を言うとふわりと頬を染める。大分年上なんだけど、こういう顔はすごく可愛い。
フォンクライスト卿はいつもこの時間に2人分のお茶を持ってきてくれる。毎日僕がここに来る事を知っているから。
ツーカー、とはまた違う気がするけど、こういう気遣いがすごく嬉しい。
カップに注いだ紅茶を1つ、僕の前に置いてくれた。
そしてもう1つは――
「陛下もご休憩なさいませんか?」
「するする! サンキュー、ギュンター」
休憩という言葉に喜色満面の笑みを浮かべ立ち上がった渋谷に。
そう、僕だけのためじゃないんだ。
フォンクライスト卿が渋谷を見つめる顔は見事に笑み崩れている。
それは祖父母の孫に対する溺愛、慈愛、臣下の主に対する敬愛等からくる物であって恋愛感情じゃない。
それでも僕は少し悔しくなる。
彼が双黒の魔王を待ち望んでいたのは知ってるけど、でも双黒としては僕の方が元祖なんだぞ。
……なんて理不尽な事で拗ねてみたり。
だから僕はフォンクライスト卿の髪の毛を1房取り口付けた。存在を誇示するように。
「げ、猊下!?」
フォンクライスト卿は驚いたように目を見開き頬を紅潮させた。その表情に胸を満たす優越感が戻ってくる。
全体的に白い人だから、頬の赤がより一層映えてすごく綺麗。
知ってる、渋谷? きみが絡まないこの人は、こんなにも綺麗なんだよ。
顔を引き寄せ頬を包み込む。唇を重ねようとしたその時――部屋に咳払いが響いた。
見ると渋谷が眉間に皺を寄せ、恥ずかしそうにこちらを睨んでいる。
「村田ぁ、そういう事は他所でやれ」
「渋谷……こういう時は見ない振りをするのが礼儀ってもんだろ」
「知るか。っていうかこっちは独り者なんだからな、見せつけんなっ」
「独り者じゃないだろ。きみも婚約者とイチャつけば?」
「あ、れはだから違うって!」
「お2人共喧嘩はお止め下さい」
渋谷と言い合っていると諌められ思わず苦笑した。僕もこの人にとったら孫と一緒なのかもしれないな。
「とにかく」
僕の向かいに座った渋谷がティーカップを手に取る。
「イチャつきたいなら他所でやれ。今は休憩中なんだから見張る必要もないだろ」
したり顔の親友が不敵に笑う。
その顔に軽く笑って返してから隣を見上げると、フォンクライスト卿もどこか困ったように笑っていた。
「どうする? 魔王様のお許しも出た事だし、ちょっと抜けてこようか?」
「……私に訊かないで下さい」
消え入ってしまいそうな程の小さな声。
目元が緩んでしまうのを自覚しながら立ち上がり、僕はそっと愛しい人の手を取った。
end