小説(2冊目)

□曖昧な空
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「早く梅雨明けねえかなぁ」
「そうだねぇ」
 鈍色の雲が浮かぶ空を見上げてポツリとぼやく。隣を歩く村田は軽く笑って相槌を打った。
 基本的にインドア派の村田には、晴天だろうと雨天だろうと結構どうでもいいらしい。
 野球小僧にとっては死活問題だってのにさ。
「人間にとって太陽は必要不可欠なんだぞ。ほら、光合成とかで」
「渋谷、光合成をするのは植物だろ」
「……あ」
「それ以前に太陽だけじゃなくて、水も必要だけどねー」
 道の脇には塀があり、その向こうに根を張る木の枝がおれ達の頭上にも伸びていた。



 不意に強めの風が吹き、葉の上に溜まっていた水滴を散らす。ちょうど枝の真下にいた村田はその雨粒の名残を一身に浴びた。少しの沈黙の後、身体を洗われた犬のように首を振って水を払う。
 優等生らしからぬ失態に、おれは思い切り噴き出してしまった。
「あっははは、ばっかでぇ村田ー」
「笑うなー!」
 やはり多少なりとも羞恥心という物があるのかちょっと顔が赤い。しかしそれは笑いの火に油を注ぐには充分だった。
「ったく……」
 1度喚いて落ち着いたのか、村田は笑い続けるおれを後目に進行方向を向き直し顔に貼り付いた前髪を掻き上げる。
 指から髪が零れ落ち、光を受けて輝く水の粒におれは目を奪われた。

 反らせた喉、通った鼻筋、細く長い指が綺麗で。

 ……何を見てるんだ、と慌てて顔を背ける。
 おれの動揺に気付いた村田が仕返しとばかりにニヤニヤ笑い出した。
「何渋谷、僕が水も滴るいい男なもんだから見惚れちゃった?」
「んな訳あるかっ!」
 たとえその通りだったとしても素直に認められる物ではなく、おれは再び空を見上げる。
 見える空は高く青いのに、覆う雲は重い鉛色。
 曖昧な空に手を翳し、1つ大きな溜め息を吐いた。



「……早く梅雨明けねえかなぁ」



end
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