小説(2冊目)

□月の役目
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「うわぁ、月がすげぇ綺麗に見える!」
「ホント、晴れて良かったよねー」
 渋谷が窓越しに夜空を見上げ感嘆の声を上げる。
 僕は2人分の煎茶と団子をトレイに載せながら明るい声に相槌を打った。

「ほい、お茶」
「サンキュー」
 リビングの窓を開け放ち、並んで窓の桟に腰掛ける。
 高層マンションのベランダを越えた向こうの空には、ガラス越しじゃない、生の月が輝いていた。
「ウサギは元気に餅搗いてるかな?」
「渋谷、月にはクレーターくらいしかないよ」
「……村田って妙なとこリアリストだよな」
 僕は月から目を外し、皿に盛った団子を1つ摘んだ。これは月見をするならと渋谷母、ジェニファーさんが持たせてくれた物だ。
 本当は渋谷宅で月見をしないかと誘われていたんだ。けど、丁重にお断りさせて頂いた。少しでも上からの方が綺麗に見えるから、と言って。
 実際はたかだか数メートル高くなった所で見え方なんか変わりゃしない。何しろ相手は38万kmも離れてるんだからね。
「村田?」
 声を掛けられそちらを向くと、渋谷がお茶を飲む手を止めてこちらを見ていた。
 考え事をしていたと思われるのも本意ではないので、自分で食べようと思っていた団子を渋谷の口元に持っていく。
「はい、あーん」
「……何だそれは」
「団子」
「見りゃ判る」
「食べてよ」
「わざわざ食べさせてくれなくても自分で食えるって」
 渋谷は嫌そうに顔を顰めて皿の団子に手を伸ばす。
 ……しょうがないなぁ。
「酷い渋谷! 僕の団子は食べられないって言うんだね!」
「それ元々はうちのおふくろが作った団子じゃん」
「いいよーだ。1人寂しく堪能するから……」
「だーもう、いじけんなって! 判ったから、ほら! あー……」
 判りやすく顔を背けいじけてみせると、渋谷は慌てた様子で僕を宥めに掛かり口を開けた。
 こういう辺りが扱いやすい。もとい、可愛らしい。
 渋谷の口に団子を放り込んで満足した僕は渋谷の肩に頭を預けた。布越しに伝わる体温が心地良くて目を閉じる。
「渋谷……僕はちゃんと役目を果たせているかなぁ?」
 きみがあまりにも真っ直ぐに僕を照らしてくれるから、僕は時々不安になるんだ。
 あの月のように、僕はちゃんと輝けているだろうか?
 ちゃんと正しい道を指し示せているのだろうか?
「……村田」
「ん?」
 渋谷がポツリと僕を呼ぶ。
「うりゃ」
「もがっ」
 何の脈絡もなく団子を口に突っ込まれた。
 突然塞がれた口を空にするため、柔らかく弾力のある団子を甘さを堪能する間もなく飲み込む。
「いきなり何すんだよ!」
 身体ごと向きを変えて渋谷を見るとこちらを軽く睨んでいた。
「渋谷?」
「村田はさ、色んな人の記憶を抱えてたりするから難しく考えちゃうのかもしれないけど」
 言葉を切り渋谷もこちらに向き直る。
「評価なんてのは後から付いてくるものなんじゃねぇの?」
「え……?」
「役目を果たすとか果たさないとかどうでも良いじゃん。……や、良くはないけど。でも自分の出来る事を自分なりに一生懸命やる事が大切なんじゃねぇ?」
「……」
「おれだって魔王なんて役目与えられて右往左往してっけどさ。何とかやってんだろ」
 な? と渋谷は何でもない事のように笑う。自分の言葉が僕にどれだけ勇気を与えているか考えてもいないだろう。
 きみがそういう人だから、僕は助けてあげたいと思うんだ。
 役目なんかじゃなく。大賢者としてじゃなく。
 ――村田健として。
「……そうだね」
 釣られて笑いながら渋谷の身体を引き寄せる。渋谷が驚いて引き剥がそうとする、その反応さえも愛しい。
「渋谷、さっきのもう1回やって?」
「ん? さっきのって?」
「団子、食べさせて?」
「なっ!? もう無理!」
 目の前で口を開けると渋谷は真っ赤な顔で喚く。
 こみ上げる笑いを喉の奥で噛み殺しながら、僕は渋谷の頬に口付けた。



end
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