小説(2冊目)

□お忍び散歩
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 おれと村田は大男3人に囲まれていた。
 何でこんな事になっちゃったんだろう――?



「渋谷ー、歩くの速いって!」
「村田がのんびり歩きすぎなんだよ」
 おれは村田を引き連れて眞魔国の城下町を歩いていた。
 他には誰もいない。いわゆるお忍びってヤツ。
 いくら魔族の国とは言えやっぱ黒髪黒目は目立つから、一応帽子を被って隠している。
 こっちに来てから約1ヶ月。お互い仕事もあるし村田と2人になれる機会はそうそうないから。
 多分おれは浮かれてるんだろう。
「んー、やっぱ外の空気は美味いなぁ」
 伸びをしながら空を見上げる。地球みたいに高い建物なんかないから澄んだ青が視界いっぱいに広がる。
 大きく深呼吸をするとパンを焼くいい匂いがする。
 目を合わせると村田がにっこりと笑い返してくれる。
 とても気分が良い。



 曲がり角に差し掛かった時、デカイ壁のような物にぶち当たった。
 跳ね飛ばされて尻餅をつく。
「いてて、すんません」
 腰を擦りながら日本人の性で謝罪すると、目の前にあった……失敬、いたのは、身長2メートルはあろうかという大きな男だった。
「渋谷ー、せいぜいあっても185か190くらいじゃないかなぁ?」
「おれのモノローグ読むなっ」
 のんびりとした村田に助け起こされながら視線を戻すと、男は目を見開き厳つい顔を強張らせている。
「そ、双黒……!」
 しまった、ぶつかった衝撃で帽子が飛んでしまったらしい。
 慌てて帽子を拾い被り直すが時既に遅し。
 っていうか眞魔国の住人でこの反応って、何?
「おい見ろ、双黒だ! 売り飛ばせば高値がつく」
 男は仲間を呼んだ。ならず者B、ならず者Cが現れた!
 って、RPG風な実況入れてる場合じゃねぇ! 人身売買の相談されてますケド、この人達!
「チッ、こんな所に人間どもが入り込んでいるなんて……」
「む、村田さん、キャラ変わってます……」
「自分が攫われかけてるってのにそんなの気にしてる場合じゃないだろ!」
「え、うわっ!?」
 腹の辺りをガッと掴まれ荷物のように担ぎ上げられる。
 ほほう、身長190cm(推定)から見る世界はこんな感じなのか。……じゃなくて!
「渋谷!」
 村田が必死の形相でおれを呼ぶ。男の腕から逃れようともがくが宙に浮いた手足は空を切るばかりだ。
「村田! 村田ー!!」
 走り出す揺れにもう駄目だと目を瞑った、その時だった。
「ユーリ!」
 聞き慣れた声がおれを呼ぶ。跳ねる程の大きな衝撃を受け身体が宙に舞う。
 引力に従い地面に叩きつけられる直前、おれは温かい何かに包まれていた。
「陛下……良かった……」
 恐る恐る目を開けると目の前にあったのはコンラッドのホッとした顔。
「コンラッドが、助けてくれたんだ」
「それが俺の役目ですから。間に合って良かった」
「待て!」
 名付け親に抱きかかえられて安堵の息を吐いているともう1つ聞き覚えのある怒号が飛ぶ。
 振り返るとオレンジ色の髪も鮮やかな男が逃げ出した人間達を追い始めていた。
「ヨザック、やめろ!」
「――っ! しかし猊下!」
 村田の厳しい声がヨザックを制止する。その間に男達は町のどこかへと走り去った。
「渋谷は無事だったんだ。追う必要はない」
「でもですねぇ、誘拐未遂犯にはそれなりの処罰を……」
「渋谷がそんな事望むと思う?」
 困ったように頭を掻くヨザックに村田は静かな声で問うた。そしておれに視線を流し目元を緩める。
 やっぱり村田、だな。
「うん、追わなくていいよ。グリ江ちゃん」
「ったくぅ……」
 コンラッドの手を借りて立ち上がると、ヨザックは大きく溜め息を吐く。
 ホーント坊ちゃん達は甘いんだからー、と肩を竦めた。
「でも報告はしますからね。ちゃーんと怒られてくださいよー」
「うえー」
「俺も一緒に怒られて差し上げますから」
 ヨザックの脅しに顔を顰めると物分かりの良い名付け親が爽やかな顔でクスリと笑う。
「頼むなっ」
 思わず真剣に見上げると、はいはい、とグズる子供を宥めるように苦笑した。
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