小説(2冊目)

□酔うほどに
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「お待たせ、渋谷ー」
 シャンパンと2人分のケーキ、ガラスコップを載せたトレイを右手に抱えガチャリとドアを開ける。
 部屋のどこかに投げていたらしい本を眺めていた渋谷は、顔を上げて軽く笑った。
 瓶を傾け液体をコップに注ぎ渋谷に手渡すと、受け取りながら眉を顰め上目遣いに僕を見る。
「あのさ村田、シャンパンってお酒じゃねーの?」
「だーいじょうぶ大丈夫。これはお子様用のノンアルコールジュースだから」
 瓶のラベルを見せながら説明すると、ならいいけどさ、と肩を竦めた。
 今日はクリスマス。せっかく2人きりのパーティーなんだから、少しでも雰囲気出したいじゃないか。
「じゃあ渋谷、メリークリスマース!」
「メリークリスマス」
 カチンとコップを合わせる。視線が重なって思わず笑みが零れた。
「何だよ村田、ニヤニヤ笑って」
「そういうきみだって笑ってるじゃん」
 クスクスと笑い合う。何か面白い事があった訳でもないのに胸が高揚して落ち着かない。
 僕達は互いに仏教徒だけど、こうして特別な日を一緒に過ごせる事が堪らなく嬉しいんだ。
 渋谷も、同じ気持ちでいてくれてるのかな?
「そういえばクリスマスに苺のケーキを食べるのって日本だけなんだよねー」
「へぇ〜、そうなのか」
「うん、例えばドイツとかだったら――……」
 ケーキをフォークで突付きながらふと悪戯心が湧き上がる。いきなり言葉を止めると渋谷はキョトンと瞬きをした。
「なぁ渋谷、目瞑って」
「何で?」
「クリスマスプレゼント」
 いきなりの要求に、不思議そうにしながらも渋谷は素直に目を閉じる。
 僕は音を立てないようにそっと渋谷に近付く。ケーキを1欠け口に含んで渋谷の頬を両手で包み、ゆっくりと唇を重ねた。
「んんっ!」
 薄く開かれた唇の隙間からケーキの欠片を押し入れる。そのまま口内を舌で弄ると渋谷は震える手で僕の肩を掴んだ。
「ふ、ぅ……村田、ぁ……」
「……顔、真っ赤だね。もしかして酔った?」
 顔を離し唾液に濡れた唇を親指で拭ってやると、口の中で溶けかけた固形物をコクンと飲み込む。
 息を弾ませた渋谷は潤んだ目元を微かに歪めた。
「ノンアルコールのシャンパンで、酔う訳、ないじゃん……」
「じゃあ、風邪でもひいた?」
 わざと見当違いな質問をして返答に困らせる。赤くなった顔を隠すように俯いて、僕の胸に額を押し付け震える声を絞り出した。
「……村田の、せい、だろ」
 その言葉が僕にどれだけの幸せを与えてくれているか、きみは知っているのかな?
 沸き起こる衝動に渋谷の身体を抱き締める。強張った背筋を宥めるように撫でる。
「僕も酔ってるみたいだよ……渋谷に」
 耳元に囁くと肩に置かれた手がピクリと震えた。
 きみの何もかもに、僕は夢中なんだ。
 瞳に。唇に。匂いに。温かさに。――全てに。
「渋谷、もっとくれる?」
 頭をぶつけないように支えながら静かに渋谷の身体をカーペット上に横たわらせる。
 縋るように僕の袖を掴んだ手を取ってその甲に唇を落とすと、渋谷は再び目を閉じて小さく頷いた。



end
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