小説(2冊目)

□心からのバレンタイン
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「はい渋谷、バレンタインのチョコレート」
「お、おう、サンキュ」
 今日は2月14日。
 マンションに遊びに来た渋谷を部屋に迎え入れ、片隅に用意していたチョコレートを手渡す。濃い水色で包装された小箱を受け取りながら、渋谷はキョトンと瞬きをした。
「そっか、今日はバレンタインデーだっけ」
「そーだよ。誰にもチョコ貰えなくて忘れてた?」
「失敬だぞ村田。確かにお袋にしか貰ってないけどさ……」
 語尾が段々小さくなっていく。きっとモテない自分を憂いているのだろう。
 でも、今年はそんなの関係ないよね?
「で、渋谷は?」
「ん? おれが何」
「僕にチョコ、くれないの?」
「……買ってない」
 ニコリと笑って自分を指差すと、渋谷は一瞬の間を置いて渋い顔で呟いた。
 ……予想はついてたんだけどね。それでも寂しいものは寂しいので軽くなじってやる。
「えー、普通恋人達のこんな大切なイベント忘れるー?」
「う、うるせえな。男が男にチョコ渡してどーすんだよ」
「でも恋人でしょー?」
「だー、それこそバレンタインってのは女の子が男に告白する日だろ。一応はもう恋人なんだからわざわざ贈る必要なし!」
 一見すると正論らしき事をスパッと言い切る。でもそれが言い訳だってのはバレバレだよ。
「本当は女子に混じってチョコを買うのが恥ずかしかったんだろ?」
 溜め息混じりに渋谷を見据えると図星を指されてそっぽを向いた。
「判ってんなら訊くな」
 ホント渋谷の良識人振りにも困ったもんだよね。周りの雑音なんか気にしなきゃいいのに。
 とは言え周りを意識して恥ずかしがる姿も可愛いと思ってしまうのは、きっと惚れた欲目って奴なんだろう。
 だからと言ってここで引いてはダイケンジャーの名が廃る。
「渋谷、コンビニ行こ」
「はあ!? おれ今ここに来たばっか……」
「お菓子買ってあげるから」
「おれは子供か!」
 ハンガーに掛けてあったダッフルコートを着込んでから、戸惑う渋谷の腕を引き外に連れ出す。

 絶対に渋谷からのチョコレート、貰ってやるから。



 家から徒歩数分と掛からないコンビニのガラス戸を2人で潜る。外気に晒され張り詰めていた頬の痛みが人工の暖かさにふっと緩んだ。
 客のまばらな店内をグルリと見回し、渋谷を伴ってチョコ売り場に直行する。陳列されたチョコレート達の内1つを手に取り僕は渋谷に手渡した。
 こげ茶色のパッケージにゴテゴテとしたロゴがあしらわれたシンプルな板チョコ。飾り気はあまりない。
「はいお使い。買って来て」
 そして百円玉と十円玉を1枚ずつチョコの上に載せた。これで5円のお釣りがくる筈だ。
「へ? こんなん自分で払って来いよ」
 反射的に小銭を落とさないようバランスをとりながら驚いたように目を見開く。
「いいから行く! いくら薄情な恋人でも、このくらいのお願いなら聞いてくれるよねー?」
「……恋人って言うな」
 先刻の話題を蒸し返され、言葉に詰まった渋谷は不貞腐れたように口を尖らせた。それでも素直にレジに向かう。
 それを見送ってから持ってきたカゴにスナック菓子や飲み物を適当に入れ、僕もレジに向かった。
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