小説(2冊目)

□幸せの甘さ
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 火に掛けた小鍋から甘い香りがふわりと漂う。
 最後にもう1度おたまで掻き混ぜて、僕はカチリとコンロを切った。

 塞がった両手に難儀しながらリビングに入ると、渋谷はソファに座って今日僕が渡したチョコレートの包みと格闘していた。
「はい、どうぞ」
「おう、サンキュ」
 両手に持ったマグカップの内1つを手渡す。テーブルに水色の包装紙を広げていた渋谷は手を止めて、薄茶色の液体が入ったカップを受け取った。
 白い湯気の広がるそれを渋谷は両手で包み持ち、フウフウと息を吹き掛けて1口啜る。その様子を確認してから僕も隣に座って液体を口に含んだ。
 息を拭き掛けても冷ましきれなかった熱さがピリッと口中を焼く。温度に慣れると今度は甘さが広がり、嚥下すると全身に沁み込んで思わず笑みが零れた。
「なぁ村田、これってココア?」
 渋谷が顔をこちらに向け首を傾げる。間近で輝く黒い瞳に笑みを深め、僕は首を横に振った。
「ううん、ホットチョコレート」
「へぇ、初めて飲んだ」
 結構美味いなぁ、と満足気に再びマグカップを傾ける渋谷に、とっておきの情報を公開する事にする。
「これはね、さっき渋谷に貰ったチョコで作ったんだよ」
「え……あれ溶かしちゃったのか」
「幸せのお裾分けをしようと思ってね」
 ニコリと笑ってみせると渋谷は不思議そうに目を瞬いた。
「何だよ、幸せって」
「好きな人に貰ったチョコを好きな人と食べられる。これって凄く幸せな事だと思うなぁ」
 手の中の液体は大分心地良い温度になっていて、飲み込むと甘く、温かく、身体を包んでくれる。
 フワフワとした幸福感に息を吐くと、渋谷は顔を正面に戻してマグカップをテーブルに置いた。
「……ふーん、じゃあおれも一応幸せなのかな?」
「どうして?」
「このチョコ、お前と食ってるから」
 そう言って渋谷はテーブルに載っている小箱から小さなチョコを1つ取り上げ、僕の口に放り込んだ。
 驚き目を見開くと、渋谷が悪戯っぽく笑う。呆然と渋谷の顔を眺めている内に舌の温度で固形のチョコレートがゆっくり溶けていく。
 僕の作ったホットチョコレートよりも濃く甘い液体が喉の奥に滑り落ちる頃、渋谷はもう1つチョコを摘んで自分の口に運んだ。
「……渋谷、本気で言ってるの?」
 渋谷も僕と同じ気持ちでいてくれてる?
「変な事訊くなぁ」
 硬直してしまった僕に苦笑して渋谷が頬杖を突く。身体が竦んで動かなかった。
 きみはあまり言葉にしてくれないから、本当は少し不安だったんだ。
「おれはお前の何なんだよ?」
「……恋人」
「だろ?」
 当たり前の事のように訊ね、当たり前の事のように笑う。
 僕にとってそれがどんなに特別で、どんなに嬉しい事なのか、きみは知っているだろうか?
 マグカップから手を離し、クスクスと笑う渋谷を抱き寄せるとバランスを崩し僕の胸に縋り付く。間近で目が合うとふわりと頬を染め恥ずかしそうに俯いた。
 凄く、可愛い。
「キスしても良い?」
「っ……訊くな」
 付き合い始めて何ヶ月も経つのに未だに恋人らしい行為に慣れない渋谷は微かに身体を強張らせる。
 その強張りを溶かすように柔らかい頬を撫で、顔を上げさせ口付ける。
 僕達の口中に残るチョコの甘さが絡み合い、ゆっくりと溶けていった。



end
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